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ぱしゃり
薄暗い森の奥深く、ぽっかり明るい静かな湖。そこに、小さな影が二つ並んで足を浸していた。そよそよと風が湖面を揺らし、二人の髪を撫でる。
ぱしゃぱしゃ水を蹴っては屈託のない笑顔で楽しそうに話す少年の髪は燃える様な深紅。
そして、隣で静かに足を浸し、彼の話を聞いている少し大人びた少年の髪は鮮やかな群青色。
「わふっ!」
と、北から悪戯な強い風。不格好に編んであった深紅の長い髪が跳ねて、ふわり、空に遊んだ。
「あぅ~びっくりし、ふぇ?ああっ!!」
ちゃぽん、小さな音と湖面の波紋。青ざめて立ち上がり、深紅の髪をぺたぺた触った。
ない!
風で飛ばされて、あの髪留めが湖に落ちた。隣にいる友達から貰った大事な宝物の。
「やめた方がいい、あそこは深い」
「でも、でもぉっ!」
抑揚の少ない声が制止するのに慌てて少年は翼を広げた。上位の魔族が持つ事を許される漆黒の翼を三対六枚も。ちらと深紅の髪の合間に見えるのも人と違う尖った耳と、斜めに細く伸びた尖角。瞳は金色だ。
胸元にはランプの灯りに照らされ、美しい紫色に煌めく核石。その最上級魔族の証と、少年の瞳とは同じ色。
忘れない。今でも、焼き付いている。
「いい」
「だって、だってぇ!」
「いいから」
少年は少しだけ口調を強め、泣きそうな金の瞳をやり過ごして背に回り、長い耳も尖角も気にする様子もなく素早く丁寧に深紅を編んでいった。
「あれは随分痛んでいた。お前は力加減が下手だからな」
「ボク、キミの大事な物ばっかり無くしちゃう」
「そんな事はない」
静かに笑った。
「でも、今度はなくすなよ」
少年は人間だった。魔族の様に強大な力をその身に宿した只の人間。
「にゅ、自信ない」
「困ったな」
「うっ、じゃぁボクと約束しよう!」
首を捻って、少年は怪訝そうな顔をした。
「ボクと、って俺も何か約束をするのか?」
「い~のっ!約束するのっ!ボクもキミにあげたいものがあるの、おあいこなの!」
「なんだそれは。お前は本当にめちゃくちゃな奴だな」
その鮮やか過ぎる夢は、異なる種族を統べる二人の王達へ深く、まざまざと刻みつけられた。
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