293人が本棚に入れています
本棚に追加
ーーー
そして、幾年かの年が過ぎた頃。
「陛下!!」
「騒がしいな」
優雅にマントを翻し、青年は複雑な紋様を刻む愛剣をベルトに提げる所だった。先程けたたましい警報がなったばかり、そこへドタドタと男が駆けつけて来た所。
「く」
「空間の歪みを感知したのだろう?」
そして、それが起こることを予測していたように青年は冷静な声音で言った。脂ぎった小太りの男は、走って出たものでない冷たい汗が背を伝うのを感じた。
「な、なぜ、それを」
「よく鼻の利く犬がいるのでな」
至って平坦に言う。
「ラグネイ卿へはゲートよりその地へ向かうよう指示してある。もう到着している頃だろう」
愕然とした。ただ情報を掴んでいたどころか既に兵を送り出したと、平然と言ってのけたのだ。意気揚々、一報を聞かせてやろうと自ら馬を走らせていた間に目の前の若造はその先を行っていた。遠く及ばない。悔しさを通り越し、畏怖に近い感情さえ覚えた。
圧倒的な威圧感を放つ青年はどちらかと言えば優男だ。騎士と言うには華奢ですらある。そのスラッとした身体に白を基調としたシンプルだが仕立ての良い服と対照的に深紅の豪奢なマントを纏い、如何にも高位の者という出で立ち。そして、騎士にしては長すぎる背まで、いや、それより長く腰近くまで伸びた群青の髪を丁寧にそしてきつく結わえ前髪を左に流していた。丹精というよりどこか女性的で綺麗な顔立ちの彼だが、嫌でも目を引いてしまうのは強い光を宿した不釣り合いな程に鋭い紫の瞳。王の証。
「城内の警護は任せたとヴェンデル卿に伝えよ」
「お、お待ち下さい!陛下っ」
男の横を悠然と抜ける。青年の気配に震えオロオロと狼狽する男を軽く一瞥し、もう興味を無くしたように廊下へと踏み出していた。
「私も出る」
そして、威厳に満ちた声で短くそうとだけ言った。
最初のコメントを投稿しよう!