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「出てくれるのかい?」
回廊に出てまもなく硬い靴をコツコツ鳴らして、黒髪の青年が近づいて来た。青年も同じように武装しており、軽鎧と腰の両側に剣を提げていた。
「白々しい質問だな」
肩をすくめて男は軽く笑った。次には、わざとらしい靴音がピタリと止まって、静かな声だけがついて来る。
「何はともあれ、あれは控させるようにと君の主治医から言い遣ってる。ウンザリするくらいのお説教付きでね」
「それはご愁傷様」
歩みも止めず、イヤミを一つ。小さくカツンと靴音がした。
「あのね、分かってる?君の力は」
「必要な時にいる力だ。シグ、それはお前も分かっている筈だ」
ヤレヤレと黒髪の青年は肩を竦めた。彼は側近、シグルト・ミストハウゼン。これまた整った顔立ちの美青年だ。黒曜石を思わせる真っ黒な瞳、良く鍛え上げられ引き締まった身体、逞しい腕。前を行く群青の髪の青年より一回りは体躯が大きい事は並べば分かる。しかし、厳つさはなく、切れ長で鋭く研ぎ澄まされた抜き身の刃みたいな紫眼に比べれば、どことなく控えめで優しげな黒い瞳が穏やかな印象を与える。
「君は無理が過ぎる。妹君がまた心配するよ」
「お前は何かあるとすぐ」
「君にはこれが一番利く」
化け物だ冷酷非情だなどと悪名高い君主が振り向いてムッと不機嫌な顔をしても、シグはやんわり苦笑いをしてのける。そして、真っ直ぐ見つめ返して妙に真面目な口調で言うのだから居所が悪いといったら無い。
「紫眼は君の身体に大きな負荷を掛ける。それは分かっているね」
「分かっている」
聞き終わると青年はぶっきらぼうな物言いで相槌を打つとふいっと前を向いた。しかし、じっと突き刺さるような視線を感じて、むうと唸りやっと小さく頷いた。本当に渋々と言った風である。
「頼むよ、セシオス」
「ああ」
またヤレヤレと肩をすくめた。親友の言葉に生返事を返すセシオスの紫の瞳は、もう既に窓の外、遥か虚空の“何か”を見つめていた。
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