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夜だ。
外に出る。
雨がいつのまにかあがって、空には低く、月がのぼる。
風が吹いている。
風は道の両側の木々をゆする。
目のまえにある川面を散らす。
私はタバコを買いに外へ出た。
ふいと、小田が横から、「バーボンの水割りなんてのを飲むなんて、しんじられねえよな」という。
「そんなもの、ひとの好き好きだろう」
と私がいうと、小田が「おれの腹のなかのキャベツが怒る」といった。
「ふうん」といいながらふりかえると、山の斜面の崖下にある我が家が、微妙にかしいで見える。
二階の窓に灯りがついている。
だれだろう。
川向こうから、カタタン、カタタンと、鉄道の音。
タバコの自販機まではまだ少し歩く。
懐かしいにおいがしているな、とは思ったが、それがなんのにおいなんだかわからない。
季節に関係したものかなというだけしかわからない。
左手の、川の堤と河原までの段差に寄りかかった家のトタン屋根から、うすくケムリが漏れている。
風呂を焚いているのだろう。
この家のまえにはバスの停留所があって、其処から道が曲がり、道幅もすこしせばまる。
すこし登り勾配にもなる。
停留所のベンチに中島のお婆が座っていて、気の抜けたような顔を仰のけていた。
私が会釈をすると、こちらを見ずに「お月さんがきれいやけんねえ、」といった。
低い月は木々と尾根に隠れ、そこからは見えそうになかったが、私は「そうですね」といっておいた。
少し歩くと、川向こうから鉄道橋をわたった線路が、道上の高架を通っている。
単線の鉄道橋には、手摺がない。
手摺がない橋は、端から見ているだけでもいい気分はしないものだ。
高架の下を抜けると、駅にのぼる階段が見えてくる。
駅の正面にあるのは公衆便所だけだ。少し先に雑貨屋があって、その軒先にタバコの自販機が、飲料水の自販機とならんでいる。夜でも煌々と明かるい。
そこまでいくと、飲料水の自販機まえに、小さな男の子が佇んでいるのが見えた。
近づいていくとこちらを向いて、「お金が足りない」
といった。
男の子に無言で百円をわたす。
それだけあれば、足りるだろうと思った。
了
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