季節柄の日常。

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―――フェイ暦419年3月の終わり。 雪がひらひらと散らばる季節は別れを告げ、眠っていた草花がゆっくりと目覚めていく。 カシミアの街は春に合わせた祭の準備でバタバタとしていた。 家の中でぬくぬくと暖を取っていた者も、屋台骨の組み上げに大忙し。 彼等の気など知らずに、猫も犬も呑気に昼寝の真っ最中だ。 「婆ちゃん!婆ちゃん!木の実だよ!木の実が落ちてた!」 大人の足元をかい潜って、老婆に駆け寄る少女の手には、小さな木の実が一粒だけ。 あらまぁと抑揚あるしわがれた声がそれを迎えた。 「大事に取っておきなさい。それは冬の残り香さ、彼から貴方へのプレゼントだよ。」 皺くちゃの顔がにんまりと笑った。皺一つない顔もにんまりと笑った。 木の実を手提げ袋に入れて、少女は家の中に走った。 「やぁミーリル、大人の手伝いはしないのかい?」 玄関に入るなり聞こえる声は、小綺麗に並んでいる色とりどりの草から聞こえた。 「マイリス!あたしの部屋に来て!遊びましょ!」 やれやれ、少女の返事に溜息をついた。嫌悪が混じらない表情を浮かべながら、小さなフェアリーが草葉から飛び出す。 置いていくよ、彼はそう言ってすいっと二階に伸びる階段を飛び去る。すぐに後を追う少女が、部屋の扉を開け放った。
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