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そこで音はあることに気付いた。
というより、忘れかけていたことがスッと脳裏によぎったという状態。
『どうしたの?』
声は尋ねる。
音は気まずそうに後ろ頭をかき、これまた気まずそうに声に疑問をぶつける。
「母さんは…?」
そう。
音の記憶にある事故、声から自分は残念ながら死亡した、ということは聞いたのだが。
母の安否は聞かされていない。
正直にいうと彼女はそのことを忘れていた。
声もその様子に気付いたのか、簡潔に事の顛末を話した。
『あの事故で死亡したのは君一人。君の母も相手の運転手も無事だよ。』
“相手の運転手も”のところは吐き捨てるように言い、そこは少々疑問の残る所だが音は気にしない。
母が無事、その事実に胸を撫で下ろした。
「よかった…。」
『安心してる場合じゃないよ。』
「…分かってるよ。」
家族の無事に安堵する余裕さえ与えてくれないのか。
音は声がいると感じる場所に冷ややかな視線を送る。
『知っての通り、ここは幕末と呼ばれる時代、そして動乱の京都だよ。何で僕が君を此処に連れてきたか、その理由を』
「ちょっと待った。」
声の話に妙な引っ掛かりを覚え、話を中断させる。
…今、コイツは何て言った?
思い出せ。
『何?』
自らの話を遮られたのがそんなに不快なことだったのか、声は不機嫌そうだ。
「あ。分かった。」
声の愉快、不愉快など音にとってはどうでもいいことで。
考えに考え、引っ掛かりの原因を掴んだ彼女は、
『うわっ!?』
声のいるとされる場所に竹刀を降り下ろした。
「ちっ…。外したか。」
『いきなり何すんの!』
竹刀は虚しく空を切り、音は悔しそうに顔を歪め、声は彼女の予想外な行動に驚きと焦りの混じった声をあげる。
「何する、って…アンタが何してんだー!」
どうやら声は言ってはならないことを言ってしまったらしい。
『えぇっ!?ちょっ…何のことだよ!』
「亡くなった人間の魂を何だと思ってんだ!この馬鹿ーっ!!」
『…ん?あ…。しまっ…!』
声も今頃になって気付いたのか、しまった、と思いっきり言ってしまっている。
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