二枚目

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バン、と机を叩いた音が室内に響き渡る。 ここはワイルダー出版社。出版社といっても、社員は5人だけの小さな出版社だ。そして俺の職場でもある。 目の前には、ワイルダー出版の編集長であるフェデリコがいる。その編集長のデスクの前に二時間ほど立たされている俺。……まぁつまり、説教中である。 「ラ~イ?俺はたしか〝戦場の規模〟がどれぐらいなのか撮ってこいとお前に言ったと記憶しているんだがなぁ?」 「おっしゃる通りです、編集長」 「そりゃあよかった。ついに天国からボケの神様が俺をお迎えにあがったのかと思っちまったぜ」 髭は伸ばしっぱなし、年中寝癖がつきっぱなしな短髪、そして熊のような体つき。外見に気を使わない、ある意味お手本のような編集長だ。 その顔にははっきりとした怒りの表情が浮かんでいて、こめかみには青筋が浮かび出ている。 「それが、何で……〝帝国陣営の本陣を撮ってくる〟のに変わるんだ、このバカタレがぁーー!!!」 再び叩かれる机。一回目と寸分たがわぬ場所を叩くその動作は驚くほど滑らかだ。そんだけ、この編集長が机を叩く回数が多いという事だろう。編集長が怒る割合の9.5割位は俺のせいなのだが。 「すんません。いや、でもホント大変でしたよぉ。次期王位が有力視されてるあの〝鉄の血〟の写真を一枚撮ろうと思って忍びこんだらうっかり見つかって、帝国兵と森の中で追っかけっこですもん。隊長っぽい人の真っ赤になった顔で追いかける姿が面白すぎて足がもつれそうになりましたよ。あれは傑作だったなぁ、ははははは……」 口になっている俺は内心冷や汗ダラダラだ。饒舌っぷりが心臓の鼓動と比例してる気がする。 「それはよかったなぁ。その三流コメディーの料金が、お前の給料の何年分になるんだろうなぁ。……おーい、セレン。計算してくれ」 「はい、少々お待ちを…………でました。諸々込みで、ざっと10年分ですね」 眉ひとつ動かさず俺に死刑宣告を告げる事務のセレン。 あの後、俺のスパイという誤解は一応とけたが、カメラマンが本陣に侵入するなど、前代未聞。 国の威信に関わるという事で一時帝国に身柄を拘束された。その後、編集長の尽力と多額の保釈金のおかげで何とか保釈され、今にいたるというわけだ。
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