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そして今日も諦めて別の曲を弾く。
「その曲好きなの?…いっつもそれを弾くね」
「気に入らない?」
「ううん」
菜々瀬は靴の先で砂を一ヶ所に集めながら言った。
辰也は止めかけた手を戻した。
「オレが一番好きな曲だよ。これ、メロも好きだけど、歌詞も好きなんだ」
「…そうだね。綺麗な歌詞だね。」
「菜々瀬?」
菜々瀬の前でこの曲を歌ったことはなかったし、とても菜々瀬が知ってるような曲ではなかった。
辰也はギターの手を止めて菜々瀬の顔を覗き込んだ。
「…ん?」
「…何かあったのか?」
「…ないょ。何も」
菜々瀬はギュッと膝を抱えて、膝に唇を沈めた。
((なんて分かりやすい奴なんだ、こいつ))
「菜々瀬っ」
ほぼ母親の心境で声をかけていた。
「なんもない…」
か細い声はもう少しで波の音に流されるところだ。
「…そんな顔して"なんもない"はないぞ」
菜々瀬は不意に立ち上がった。
少しおろおろしているようだ。
「今日は帰る。明日もいるでしょ?」
「…あぁ」
「じゃぁね」
「気を付けてな」
菜々瀬はうなずくと走り去ってしまった。
((まずかったかなぁ…))
そんなことを考えながら辰也も浜辺を後にした。
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