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三郎は里子の白いチューリップハットから覗かせたクスクスと笑う顔を思い出していた。
〔確かススムさんがサトコさんは18だと言っていたよなぁ、俺と同じ歳……
あれ? 俺は何考えてんだ?〕
三郎はアブラ虫を駆除する為の農薬を散布しながらニヤニヤ笑っていた。
相変わらず夏の日差しはギラギラしていた。
三郎の麦藁帽子を容赦なく陽射しが突き刺す。
腰にぶら下げたアルミの水筒の蓋を開けると、中の水をグビグビと飲む。
『うめぇ~しかしこうも影が無いのも、辛い』
首に掛けた汚れた手拭いで額と首筋の汗をゴシゴシ拭った。
兄の進と家に戻った里子は、井戸の中に吊してあるスイカを引っ張り上げていた。
『冷たくて気持ちいい!』
取り上げたスイカを頬にくっつけて暫くヒンヤリを独り占めしていた。
炎天下と格闘している三郎とは正反対の光景だった。
『お嬢様!お父様がお呼びです』
お手伝いの菊代が下駄をカラカラ鳴らしながら、井戸まで急ぎ足で歩いてきた。
『あらっ、お父様はもうお戻りなんですか?』
『はい、今し方戻られました母屋でお待ちです』
里子は菊代に冷えたスイカを手渡すと、菊代の前掛けで濡れた手を拭う。
『これお願いね』
『はい』
里子はそう言うと駆け足で喜一郎が待つ母屋へ急いだ。
『お父様、お帰りなさいませ』
『おう、なかなか似合っておるがなそのワンピース』
喜一郎は扇子をパタパタ仰ぎながら胡座を描いている。
『この間、丹波屋でお母様に選んでもろうたんや』
『そうか、お母さんはセンスちゅうもんがある、あはは……』
高笑いをする喜一郎。
『なんですのそのセンスとか言うもんわ?』
『見る目があるっちゅうことやがな、女学では習わんのかいな?』
『知らんわ』
『まぁそんな事は置いといて、今度の日曜にお見合いを決めてきた』
『うちはお見合いなんか嫌やし』
『今度の相手は米倉財閥の長男、断れん』
喜一郎が仰ぐ扇子が早くなる。
『うちはまだ学生やし、やりたい事がぎょうさんあるんや、お父様にはいつも言うとる筈や』
頬を膨らませると、ぷいっとそっぽを向いた。
『今度ばかりは断れんのや仕事が無くなりかねんさかいに、顔出すだけやがな』
『……お見合いなんて嫌いや、退屈やし、うちの性に合わん』
喜一郎は扇子を閉じるとその先で頭を描き始めた。
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