幽霊と鈴

2/6
6113人が本棚に入れています
本棚に追加
/233ページ
「…あ…雪だ…。」 彼女がそう呟いたのを聞いて、僕は顔を上げた。 すると、小さな白い雪が僕の頬に触れる。 僕らの図上に広がる冬の星空から、はらりはらりと雪が降りてきていた。 「…ねぇ、(れい)。」 それを見上げて、僕は玲へと視線を移す。 「…昔話をしようよ。二人でさ。」 …終わりを迎えるのが恐くて。 この先の終わりという未来を考えるのが嫌で、だからせめて……せめて今だけは、過去を振り返って想い出に浸りたかった。 認めたくないけど、もう終わりだから。 きっともう、時間もそれほど残されていない。 話をしている最中に、その時は訪れてしまうかもしれない。 隣にいて当たり前だと思っていた君と、もう二度と、二度と、逢えなくなるその時が。 白河 (しらかわれい)が、この世界からいなくなる…その時が。 「…昔話ですか!いいですね~、じゃあ私とクロが初めて対面したあの日の話からいきますか!」 嬉しそうに、楽しそうに、懐かしいアルバムを開こうとしているみたいに。 半年も過ごしてない日常を、僕らは互いに語り始めた。 夏。 「夏」と言われて思い浮かべるものは何だろうか。 "暑い"だとか、"夏休み"だとか、数え上げたら切りがない。 僕の場合、「夏」と言われて思い浮かべるものは……"夏祭り"。 いや、多分この地域に住んでいる人なら皆、僕と同じ答えを言う。 何故ならこの街……青弥市(あおみし)は、そういう祭好きが集まる場所だから。 夏祭りに限らず、春夏秋冬全ての季節に祭がある馬鹿騒ぎの街。 そんな年がら年中馬鹿騒ぎするのにもちゃんと理由がある。 この街には祭好きの神様が住んでいて、その神様にも祭を楽しんでもらう為、だそうだ。 まぁ今の時代、実際そんなことを気にしてる人がいるかどうかは別として。 とにかく、そういう環境で育った僕らは……基本的に皆、祭好き。 だから、「夏」で連想されるものは"夏祭り"。 そして今日が、その夏祭りだった。 「ぐあぁぁぁぁぁッ!!」 祭りの騒音の中でも一段と喧しい声が響く。 その悲鳴を上げた(のぞみ)は、片手に金魚掬いの網を持ったまま頭を抱えていた。 「ほい兄ちゃん、残念賞。」 金魚掬い屋台のおっちゃんが、残念賞のスーパーボールを希に手渡す。 「……ねぇ希、もういい加減諦めたら?」 今の希を見てると流石にもう色々と悲しくなるから、僕は希を止める。 でも希は頷きはせず、黙って首を横に振った。 「俺は諦めねぇからなッ!!おいおっちゃん、もっ回やらせてくれ!!」 希は金魚掬い屋台のおっちゃんにお金を払い、再度金魚掬いに挑戦してしまう。 親友という生き物は、どうしてこうも自分とは真逆な人ばかりなんだろう。 ドラマやアニメや現実でも、何故か親友って"そういう人"ばかりだ。 僕の親友、綾乃 (あやの のぞみ)も"そういう人"に当て嵌まる。 祭好きなのは勿論のこと、僕とは違って何事にも積極的。 人と馴れ合うのが好きらしく、見ての通りいつまでも金魚掬いを諦めないような根性もある。 ……それが良いことなのかどうかは分からないけど。 まぁ、彼の内面はそういう男らしさで構成されている。 外見だって男らしい。 短髪ウルフヘアにシュッとした輪郭。 そのユニークな性格をどうにかすれば間違いなくモテそう。 こうして思い返してみると、"親友"という生き物は本当に色々と損してるなぁ……。 「……どうするつもりなの、それ……?」 そんな色々と損している生き物は、15個のスーパーボールを両手で抱えてうなだれていた。 金魚掬いを15回も挑戦したことも凄いけど、それだけ挑戦して一匹も掬えなかったことも凄いよ。 「……クロ、俺はこうして日本の経済を回しているんだ。」 「しゃらくせぇ事言ってる自覚があるのを願うよ。」 ちなみに"クロ"というのは、希だけが使っている僕のあだ名だ。 そんな僕らの周りには、夏祭りとだけあって行き交う人が沢山いる。 老若男女色々んな人が、この夏祭りを楽しんでいた。 家族で祭りに来てる人や、友達同士や恋人同士と様々。 男2人で歩く僕らはその"友達同士で祭りに来てる人"に分類される。 「あぁそういや今何時だ?」 ようやくテンションの落ち着いたらしい希が、僕に時刻を尋ねる。 「……もうすぐ8時だね。」 仕方なく僕が時刻を確かめ、それを希に教えてあげた。 「マジかよ、もうそんなに経ってんのか!やべぇな、まだ不完全燃焼だぞ!」 「まだ燃える分のエネルギー残ってるんだね……」 我が親友ながらあっぱれな気力だ。 夏祭りは午後9時に終わりということになっている。 けど、実際は後片付けも含めて8時半頃になれば殆どの夜店は営業終了してしまう。 流石にそんな時間まで遊ぶ程の元気な人も滅多にいないしね。 ……まぁ、希は例外として。 「いやぁしっかし、次の秋祭りこそは彼女と行きてぇなぁ」 春祭りの時も同じ事言ってた希。 まぁどうせ秋祭りの時も僕の隣で同じ事言うんだろう。 君はもう少し落ち着きを持てば、彼女くらいすぐ作れるよ。 そうアドバイスをしようとしたその時。      チリン 鈴の音が、聞こえた気がした。 立ち止まって振り返っても、そこには沢山の行き交う人がいるだけ。 ……気のせいかな……。 そう思い、僕はまた希の隣に付いて歩き出す。      チリン 「……………?」 やっぱり聞こえる。 鈴の音が、どこか遠くから。 どこか遠くから聞こえるハズなのに、何故か僕の耳までハッキリと聞こえる。 また僕は振り返る。 でも、そこに鈴の音の正体と思わしき物はない。 「ん?どうしたクロ?」 希の声が聞こえ、僕は慌てて希を見る。 希は……聞こえてないの……? 「……鈴の音みたいなの、聞こえなかった?」 僕が希にそれを尋ねると、希は怪訝そうな表情を浮かべる。 「いや、聞こえねぇけど……」 そう教えてくれた。 ……希には聞こえてないらしい。 ならやっぱり気のせいなのか……      チリン 希は手を顎に当て、ニヤリと嫌な笑みを浮かべる。 「クロ、そんな疲れたフリしたって今夜はまだ帰さないぜ?」      チリン ……聞こえる。 気のせいなんかじゃない。 でも希には聞こえていない。 何故?      チリン 「……おいクロ、マジでどうかしたのか?」 希の声。 僕を心配する言葉。 でも、そんな希の声よりも……僕の頭の中では、ずっと鈴の音が響いている。      チリン ……呼ばれている気がした。 気が付けば僕の足は、その鈴の音が聞こえてくる方へと進みだしていた。 「――おいどうしたクロ!?」 背中越しに希の声が聞こえたけど、僕の足は早足から駆け足になり、そのまま引き寄せられるかのように走り出す。 まるで"何か"に引っ張られるかのように。 この辺りから、僕の頭はこの現象が異常事態だと認識を始める。 足が止まらない。脳みその命令が体に届かない。 次に僕が立ち止まったのは、九十九(つくも)神社と呼ばれる社の前だった。 息切れした呼吸を整えながら、僕はその九十九神社を眺める。 ここ九十九神社は、山の少し奥にある。 今日の夏祭りは、その山の麓でやっていた。 麓からこの九十九神社までの距離は、それ程遠くはない。 けど……どうして僕は、こんな場所に……? この神社に居ると言われている、祭り好きの神様にでも呼び寄せられたのだろうか。 自分でも馬鹿なことを考えたと思い、ちょっと笑ってしまった。      チリン そう……僕は、この鈴の音に呼び寄せられたんだ。 理由は分からない。 意味も分からない。 息切れをした脳と体に酸素を取り込み、ようやくまともに思考を巡らそうと思ったその時ーー僕の周りに、淡い光が灯る。 灯る?いや、まるでこれは、沢山の蛍が飛んできたかのようで…その淡い光の玉は、瞬く間に九十九神社の境内を埋め尽くす量になる。 まるで幻想的なその光景。 その光景に見惚れるまもなく、今度はその光の玉たちが動き出す。 僕の体目掛けて、飛んできた。 「え...ええぇ!?」 驚きの声をあげ、光の玉を弾こうと踠き、避けようと足掻き、でもそんなのお構いなしにその光は僕と...僕の真後ろに引き寄せられるかのように集まる。 真後ろ? 振り返ると、そこには光の玉が塊となって、何かの形を作っていた。    チリン その鈴の音は、その塊から聞こえた。 その音が鳴ると同時に、淡い光は徐々に薄れて行き... 「……え……」 随分と間抜けな声が出た。 そこには、不気味な幽霊か不思議な神様のどちらかが居るのだとばかり思っていたから。 でも、そんな予想に反してそこに居たのは……普通の、一人の少女だった。
/233ページ

最初のコメントを投稿しよう!