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……いや、分かってる。
この状況が、とりあえず普通なんかじゃないってことは。
「……えっと……君は……?」
何を言えばいいのか、どんなリアクションをすれば正解なのかも分からず……
僕は、その少女が"何"なのかを確かめることから始めた。
僕がそう尋ねると、少女は口角をへの字に曲げる。
目が潤み、スンッと鼻を一度啜り、目を閉じた。
まるで、泣くのを堪えるかのように。
その少女が動くと同時に、チリン と鈴の音が聞こえた。
どうやら鈴の音の正体は、この少女が出していたものらしい。
見た目は、170にギリギリ届かない僕よりも頭ひとつ分小さな背丈。
真っ黒な腰まで伸びる長髪。
小さな顔に反して大きな丸い目。
その少女は長いハーフアップの髪型で、その後ろ髪の結び目に一つの小さな鈴が付いていた。
だから少女が動く度にその鈴が小さな音を鳴らす。
見た目は……まぁ、高校生に見えなくもないけど……そのクリクリした目のせいか多分、僕より年下ぐらいに見える。
今の僕が知るこの少女に関する情報は、それだけ。
「……貴方が、橘 邦弘ですか?」
初めて少女が口を開いた。
そして……その第一声は、また何とも良い具合に僕を混乱させるようなものだった。
橘 邦弘。
それは確かに僕の名だけど……なんで、僕のフルネームを知っているんだ……?
「……そう、だけど……どうして……?」
一応確かめてはおくけど、僕はこの少女と初対面だ。
知り合いなんかじゃない。
「待っていたんです。あなたを。」
「………………。」
この寒気は、夜風のせいではない。
恐怖、というか、気味悪い人を見た時の、ゾクっとした感覚。
何この子、え、もしかして関わっちゃいけない系の人だったの?
そりゃ確かに見た目は中学生かギリギリ高校生っぽいし、多少痛々しい事とか電波な事とか言いたくなる年頃なのかもしれないけど……
「あのね……悪いけどちょっと今はそういうノリに付き合う元気がないんだ……」
僕ははにかみながらそう言い、内心は安心していた。
どうも僕はヘンに警戒し過ぎていただけらしい。
あぁ良かった。これはただの、変な人だ。
「それで……その……」
少女は躊躇うようなそぶりを見せる。
まだ何かオモシロイ事を僕に言いたいらしい。
まぁ聞くだけなら聞いてあげるけど、大したリアクションはしてあげれないと思うよ。
「……私、幽霊なんです。」
チリン
風が吹き抜け、彼女の髪に付いていた鈴が揺れた。
「…………え……?」
思わず僕は間抜けな顔して、間抜けな声を漏らす。
"幽霊"……?
……幽霊ってこんなにも唐突に軽々しくカミングアウトする類の存在だったっけ……。
「……はは…あの……もう暗いし、家に帰ったら……?」
そんな少女のオモシロイ発言に対する僕の返答は、強引に会話を遮断するものだった。
……いやいや、だって……ねぇ……?
流石に……ちょっと……気味が悪いというか……
少し嫌な汗が背中に流れ、思わず僕は後ずさる。
でも、少女はそんな僕を逃がすまいと僕の手首を掴んできた。
「あのっ、私、えっと……」
「――――!?」
少女は僕にしがみつくように詰め寄ってくる。
一応僕だって男なんだから、女の子にこういうことをされるとドキッとするんだけど……
……でも今に限っては、ゾクッとした。
「ク~ロ~やぁぁい!!出ておいでぇ~~!!」
不意にそんな喧しい叫び声が聞こえて、僕は情けなくも飛び上がって驚いてしまった。
が、この声は希のものだ。
あぁそうか、僕を探しに来てくれたんだ。
良かった……助かった……。
"助かった"なんて言い方をすると何かアレな気がするけど、でもこれでもう――
「――うわっ!?」
不意に、僕のすぐ側にいた少女が僕にもたれ掛かるように倒れてきた。
反射的に僕はその少女の体を抱き寄せる。
「…………え?」
また間抜けな声が出た。
少女を見ると、まるで気を失っているかのように瞼を閉じていて……いや、これ本当に気を失ってるんじゃ……。
「…ち…ちょっと、ねぇどうしたの!?」
まさかの事態に戸惑いながらも僕は少女の体を揺さ振る。
けど、やっぱり少女は目を覚ます気配はない。
念のために息をしているか確認する。
……息はしてる。生きてはいる。幽霊じゃ……ない。
『後は任せたぞ、橘 邦弘』
「――――!?」
背中越しに、また別の誰かの声が聞こえた。
振り返っても、そこには九十九神社しかない。
……あぁ分けが分からない。
鈴の音が聞こえてから今に至るまでまともに意味が分かる事が起きてない。
しばらく僕は少女を抱き寄せたまま、放心したように動けずにいた。
と、そこへようやく僕を探しに来た希が僕の前まで駆け寄って来てるのが見えた。
「いたいた!ったく心配させやがって!それよりクロ、今なんかめっちゃ周りが光ってよ、その光が俺のーー」
僕の前まで来た希は、興奮気味に語ろうとする。が、今の僕のその状況を見て動きを止めた。
まず気を失っている少女を見て、次に僕を見て、
「ロリを拗らせたのかクロォォ!!?」
「違う。」
かなり盛大に勘違いをされてしまったのだった。
てゆーか"ロリを拗らせる"って日本語初めて聞いたよ……
その後、僕はおバカな希の為に15分も時間をかけて今に至る状況を説明した。
希は終始ウンウンと頷くだけで、多分話聞いてない。
「それで……どうしよう、この子……?」
そう言い、依然として僕にもたれ掛かりながら気を失っている少女を見る。
身元は不明。意識も不明。
かなり厄介な状況だ。
うーん、と唸りながら希は頭をポリポリかいて、その少女を指差す。
「ん……つってもソイツはクロのこと知ってるっぽいんだろ?」
恐らく状況を理解していないであろう希が僕にそう確認をとる。
それに対して僕は頷く。
「なら目ぇ覚めるまでクロが預かっとけよ。交番に届けるわけにもいかねぇだろ。」
「流石にちょっとシュールだしね……」
お巡りさんに「落とし物です」って意識不明の女の子を渡すのは、まぁ色々と厄介なことになりかねないし。
「……って、つまり僕はどうすればいいわけ?」
「さぁ?寮に連れて帰るか?」
多分本気で言ってるわけではないんだろうけど、希はとんでもない案を口にする。
寮に、って……それって要するに、僕らの部屋にこの意識不明の少女を入れるってこと……?
流石にマズイ。
マズイんだけど……でも、だからって放っておくわけにはいかないし……
「大丈夫大丈夫、教師にさえバレなきゃ問題ねぇって!」
「いや色々と問題あると思うけど……」
希は相変わらず適当だ。
でも悔しいことに、現状ではそれが最善の案に思えてしまう。
……まぁこの少女が目を覚ますまでの間ぐらい、大丈夫…かな……。
それでこの子から話を聞いて、その後の対応はそこから考えるくらいが平和的だ。
「……わかった、そうしよう。」
そう希に告げ、僕はこの少女を寮まで連れて行くことにしたのだった。
それを聞いた希は頷き、僕にもたれ掛かっていた少女を軽々と背中に背負ってくれた。
希も言っていたけど……この少女は、僕のことを知っていた。
それに……なんと言うか……この少女の正体をちゃんと確かめなきゃ、今日は眠れそうにないから。
……あぁ、夏になるとどうして"そういう話"に敏感になるのかなぁ……。
希に抱えられながら、少女の鈴が音を立てた。
透き通った、神秘的な音が。
チリン
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