レイニィレイディ

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   ──どうして、僕に? それは内緒の話でしょう? 「ええ、ずっとそうでした。待っている人が来るまでは、誰にも言わないと心に誓った話、でした。」  ──でした?  過去形ばかりが連なる彼女の語り。 「ずうっと待っているうちに、段々と少しずつ、誰を待っているか分からなくなってきたのです。来て欲しいと願う人が、いつの間にか両親ではなくなっていることに、私は気付いたのです。あの二人じゃない。もっと別の人。それは、私なんかを心配してくれる優しい男の子。目も合わせないような私なんかに、いつも会いに来てくれる雨の日の男の子。青い傘と、私の近くまで来ると早足になる靴音と、澄んだ声の……、そう。」  そこで初めて、彼女は僕の方に振り向いた。ゆっくりと柔らかに、体ごと僕の方へ。  瞬間──。  突如としてガッと天上から光が降り注いだ。豪雨が嘘みたいに収まり、さんさんと日が照りつける。それが台風の目なんだと気付くには、あまりにも神々しい現象で、僕は息を呑んで、輝く笑みを僕に向ける彼女に見とれていた。そして。 「私が待っているのは……、」  それは、 「あなただったのです!」  これ以上ないくらいの幸せそうな笑顔で、声で、力強くそう断言したのだ。きらきらと煌めく水滴に、ぐっしょりと濡れた衣服。いつもの彼女と変わらないはずなのに、全然違って映るのは、彼女が僕を見ているから、彼女が満面の笑みを湛えているから、今の彼女が泣いてなんかいないから、きっとそうなんだからだと、僕は思う。 「待っていました。あなたをずっと。そしてあなたは、やっぱり来てくれました。こんなに風が吹き付けているのに、危険かもしれなかったのに。雨の日の私に、会いに来てくれました!」  雨の日はループに満ちている。  雨音のループ、水溜まりのループ、傘のループ。延々と繰り返される雨のループ。それは不快ではないし、愉快でもないのだけれど、一つだけ。巡るからこそ、不意に起こるこの奇跡みたいな断絶の一瞬に、いつも見ているはずの日常の一コマが、いかに輝かしい光を放ってるのかを知らしめてくれるのだろう。  彼女の暖かな笑みに包まれながら、僕は何となく、そんなことを考えていた。  
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