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その女性を最初に見つけた日を僕は覚えていない。ある日デジャヴのような感覚と共に気づいたのだ。まただ──と。雨の日に、また彼女がいる──と。それに気づいて以来、僕は密かに検証を開始した。雨の日は、必ずこの道を通ることにしたのだ。
そして知った。
雨が降ると、彼女は決まってそこで雨雲を見上げていることに。傘も差さず、長い黒髪を雨に濡らしながら、ひたすらに佇んでいることに。
雨のループに紛れて立ち尽くすその女性は、流れる日常から取り残されたみたいだった。いつもいつも雨の日にだけ、彼女は路傍の石を演じるのだ。そして今日も……。
僕はいつしか、彼女に話しかけるチャンスを探るようになっていた。気にかかっていたから。もしも彼女が佇む理由がわからぬまま、いつの間にか彼女が佇むのをやめてしまったら、この内側にこびり付く彼女という存在への興味に収まりが付かなくなってしまいそうだから。
本日、良き日に雨は降った。
よし。
決意を一つ。それを胸に僕は、二人を隔てる車道を横切った。
──あの……、すみません。
どきどきしながら声をかけた。部屋着みたいに飾り気のない彼女のシャツは、ぐっしょりと濡れて肌に張り付き、下着のラインがくっきりと浮かび上がっている。
「え……? 何か御用でしょうか?」
振り向きはせず、しかし幾分か驚いたように彼女は応えた。透き通った声。初めて聞いた彼女の声は、予想以上に綺麗に澄んでいた。
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