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──それは、何というか……。
ちょっと恥ずかしさがあった。“気になってたから”と言うと別の意味に捉えられてしまいそうで。しかしそれ以外の理由も思い付かない。
「何というか?」
促される。僕はそうされると少し焦ってしまうたちで、頭に浮かんでいた本音がついもれてしまった。
──その、何ていうか……、気になってたから。雨になるといつもいるし、いつも傘さしてないし。その、身体とか大丈夫なのかなって。何でそうしてるんだろう──って。
「そうなんですか。ふふふ、やはり優しいですね。」
──いえ、そんな。そんなこと。
「そんなことありますよ。私なんかを構いに二日もなんて。優しさじゃないなら酔狂ですよ。」
──それは、ええと……。
「思うのですが、もし、明日も雨で明後日も雨で、雨で雨で雨で、毎日が雨になっちゃったら、あなたどうするんですか? 毎日ここに来るんですか?」
──それは……、そうですね。来ますよ。毎日。
「ほら。」
──え?
一瞬、その弾むような声とともに、彼女がこちら側に振り返るのではないかと期待してしまう。
「やっぱり優しい。」
しかし、あははっと横顔で可笑しそうに相好を崩しただけで、彼女の眼差しがそこから動くことはなかった。本当にずっと、彼女は空を眺めている。首がその位置で固まっているみたいに。ずっと。その視線の先に何があるというのだろうか?
興味に導かれるまま、僕は彼女に倣って空を仰いでみた。厚い灰色が一面に広がっている。ぴしゃぴしゃと無数の水滴が僕の顔を打つ。
冷たいな。と僕は思った。こんなところに佇む彼女の身体は、きっと冷えきっているんだろうな、と。
「風邪、ひきますよ?」
──あなたこそ。
「ふふ、心配ご無用ですよ。」
お互いに雨雲を見ながらの会話。そんなやりとりをして、この日の僕は家路についた。
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