レイニィレイディ

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   それから、2ヶ月ほどの月日が経った。梅雨も明けて、なかなか雨も降らなくなったが、時折、天気雨とか俄雨とか、翠雨なんかになると、やはり彼女は決まってそこに佇んでいた。特に天気雨の彼女は凄く綺麗で、黒髪に輝く水玉や、陽光を受ける相貌が、いつも暗く陰っている彼女とは全然違って、僕の目を惹いた。  ──家、近いんですか?  ある日、僕は訊いた。 「そこそこですね。深空ヶ原の端のあたりなので。」  空に向かって、彼女は答えた。  ──へぇ。深空ヶ原。  深空ヶ原と言えば交通の便も良く、高価な物件がひしめいている事で有名だ。この坂上市随一の繁華街。その端のあたりといえば、この場所から徒歩で20分といったところか。僕らが佇む路上の向こうを見れば、急に建物たちの背が高くなっているのが分かる。あそこがちょうど深空ヶ原だ。なるほど確かにそこそこの距離。  ──じゃあお金持ちなんですね。 「それはまあ、そうですかね。お金だけは、確かに……。」  ふと彼女の横顔が曇った。 「お金だけは、注がれていますよね。私は。」  ──お金だけ? 「ええ、お金だけは……、ふふ。」  不思議な感覚だった。ふふ、と。いつもと同じはずの彼女の微笑が、とても自嘲めいているような気がして。不思議だった。夏のぬるい雨に濡れたいつもの微笑が、どうしても哀しげに見えて。  不思議だった……。  その日、雨は止まなかった。  台風の接近を知ったのは、その昨日のことだった。久々に見た天気予報の内容は、渦巻く雨雲の事でもちきりだった。  僕は台風なんてどうせ逸れるんだろうと高をくくっていたのだが、彼女の微笑に違和感を覚えたその日の深夜──厳密には翌日午前4時、うるさく騒ぎ立てる戸窓の音で、それが直撃したことを思い知った。  がちゃがちゃ、だんだん、がたがたと、騒がしさを増す擬音のループ。荒々しく雄々しく騒々しい。  がちゃがちゃ、だんだん、がたがた──。  ──うるさいな。  ひとりごちる。そうしてみたところで、雨のループが途切れるわけではないのに。どうしてか、声が漏れた。騒音に追い立てられるような、恐怖にも似た不安感を誤魔化すためかもしれない。  
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