【彷徨】さまよう女

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「現住所は?」 「在りません」 「じゃ何処に住んでたの?」 「知り合いの家や友達の家です」 「解ったわ、じゃ本籍地は何処?」 「仙台市東九番丁です」 「現在は宮城野区榴ヶ岡三丁目ですね」 「ハイそうです」 「生年月日は?」 「昭和41年1月30日です」 「ハイ、解りました」 …解っている事をいちいち聴くなよ、まったく。 回りくどい、苛苛してくる。調書を見れば解るくせに… 「それでは本題に入ります。貴女はどうしてこんな事件を起こしたの?」 「どうして…と言われても、それは私にも良く理解できません」 「どうして?」 「どうしてって言われても、今はよく解りません」 「貴女は随分と苦労をして来たのね…」 あんた達に私の苦労なんて解るわけないさ。 両親が居て、庭のある家で大切に育てられ、良い洋服を着て、旨いものを食べ、何不自由なく生きてきた人に解る分けないよ… 「その話を聴かせてくれない」 「私の生い立ちですか?」 「この調書にも少しは書いてあるけど」 …何となく話してるとこの女、なかなか優しい所もあって、女検事だという事を忘れそうになる。 何だかお姉さんの様な気がして来た。 親無し、家無し、孤児の私に、お姉さんなんて居るわけないけど、姉の温もりを感じる女だ。私にもこんな姉が居たらな… 「貴女、何を考えてるの?今39才になるのね」 「そうです、もうすぐ40才になります」 「干支は何?」 「午年です」 「そうね…貴女は丙午なのよね。丙午は良い方に向けば、最高で悪い方に向けば最悪だと言われていますが、そんな事は無いのよ。自分さえしっかりしてれば、人生良い方に向かって行くのよ。解った?」 「ハイ」 「人生は自分の生き方で決まるのよ」 …そんな事言うけれど、世の中に出れば良い事よりも悪い事の方が多い世の中に、この温室育ちのお姉さんなんかに、今日をどうして生きて行くか何て事は解る筈がない。夜の店に勤めれば、酔った客が胸に触ったり、スカートの中に手を入れて来たり、街を歩けばおじさん達が「どうだお金やるからホテルに行くか」と声を掛けて来る。 あんた何かはそんな場所に行く事もないし、こんな知的な女に声を掛ける奴は居るわけない。そんな世の中の解らない女に私の心なんて解る訳がない… 「貴女、あまり色んな事は考えなくて良いのよ…有りのままにあった事を話してくれれば…」 「ええ」
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