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「え?いや、だって」
椎は表情を一つも変えない。今日の早朝の出来事を、今日の朝に忘れるだろうか。
『香月くん、疲れてはいませんかね』
「疲れてますよ。けど記憶はありますよ」
『説得力ないなぁ、香月に言われてもさ』
そりゃあそうだけど。けれど今日起こった事、しかもさっきまでの出来事くらいは覚えている。
確かに俺はさっき、椎を拒否した筈だ。
それは失礼なことで、最低なことだというのだが、椎は気にするどころか忘れているようなそぶりだ。
「……うん」
これ以上有無を言わさないような笑顔が、本当は覚えているということを物語っている。
気にしない成分なのかもしれないな、椎は。
『さ、授業中だから前向きましょうねー香月くん』
「何かウザイ」
教室内を見渡してみると、他の生徒もノートわ取ってはいそうだが、半数は気にするそぶりもなく会話していた。
(髪の量的に危うい)先生も、それを全く気にせず授業をしている。
「じゃあ、これを…」
その時ちらりと担任が俺を見た。反射的に顔をしかめると、担任は俺が睨んだと勘違いしたのか慌てて視線を戻していた。
明らかに挑発的な目だった。お前には分からないだろう、と言葉にしたらそんな目をしていた。
確かに黒板の文字の意味は何も分からない。俺の病気を知ってこその態度なのか。
馬鹿にしてんのかハゲ。
「気分悪」
『大丈夫?』
「ああ違う、そういう意味じゃないから」
椎は敏感すぎると思う。
今紙を出すのが速かったぞ。「気分わ」の所でもう紙はポケットから出されていたのを俺は見た。
それにしても、何だか苛々する。クラスメートは時々後ろ…俺をちらりと見ては隣やら前やらの生徒と何かを呟き合う。
やられている側は、いい気分など全くしやしない。
長ったらしい先生の話を聞く気にもならない。
大人しく窓の外を見ていると、雲行きが怪しくなって来ていた。
「(傘、ねーな…)」
夕立に合わなければいいが。
ちょうどよくチャイムが鳴って号令が掛かったので、椅子をしまわず適当に挨拶しておいた。
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