第一章 伏見の霧

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第一章 伏見の霧

 慶長三年春、伊賀の里に書状が届いた。その書状は徳川家康の警護方、服部半蔵からであった。伊賀の長でもあった半蔵の書状はすぐさま伊賀の里長 重蔵に渡された。 重蔵は六十過ぎの老人である。目を細め半蔵の書状を読む姿は弱々しく感じられた。 だが、書状を読むにつれ、重蔵の顔が曇り始め、次第に顔から冷や汗が流れ始めた。 「大変じゃ、菊 皆を呼べ」 重蔵の後ろに控えていた女が、重蔵に頭を下げると音を上げずに、重蔵の住む八畳はあるボロ屋敷から姿を消した。 菊と言う女は重蔵の娘である。 菊は美人であるが女盛りを過ぎていた。伊賀の里で上忍を勤める菊には夫、子供を作らず、全てを伊賀の里、そして父重蔵に尽くしていた。  半日が過ぎ、重蔵の命で伊賀の上層忍者九名が集まった。上忍四名、中忍四名、下忍一名、いずれも軍で言う大隊長、中隊長クラスの忍だ。一人を除いては…… ここに上層忍者に紛れ、いかにも若い忍びの姿があった。下忍、之丸(ユキマル)である。  之丸は凛々しい青年の姿で、体格はゴツイ体つきではないが、細くガッチリと筋肉があった。 髪は髷のように後ろで結んでいるが前髪はだらりと垂らしている。 之丸は自分の立場を考慮し屋敷の隅に身を置いていた。 重蔵が重い口を開いた。 「うぬらに集まってもらったのはな、半蔵様からの命が届いたからじゃ」 皆、興奮の顔に変わった。ここ数年、伊賀の里に命令書が届いた事がなかったからだ。 伊賀の里、ようやくの仕事である。 重蔵は続けた。 「良いか、この命は他言無用じゃ」 皆、真剣な眼差しで重蔵を見詰めた。まるで宝箱でも開ける心境で。 重蔵は少し震え、口をがくつかせながら一呼吸おいて一気言った。 「豊臣 秀吉 を 暗殺せよ! との命を受けた。 秀吉を暗殺するという事は 天下が大きく変わると言うことじゃ、朝鮮出兵で兵力を費やしている時期に秀吉が亡くなれば、豊臣は揺らぐ、家康様は遂に天下人になられるつもりじゃ」 皆、唖然としていた。絶対的存在、豊臣を潰す。現実的に考えられなかった。 そんな中、菊が重蔵に言った。 「長(オサ)、秀吉の背後には甲賀がおります、そして真田忍軍も、彼らは強敵かと」
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