第一章 伏見の霧

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「長、今なんと……、我等影勇忍軍を囮にして下忍のガキを城に入れると、正気のさたとは思えませぬ」 「うぬの気持ちは分かる、じゃが之丸は伊賀秘伝、忍法十八手の一つ、月の目を取得しておる。囮で目くらましをし、月の目を使えば潜入は確実。城内に入れば、之丸が得意の屋敷戦闘武術、龍の爪で上忍や家臣を斥け、秀吉を殺害できる。これしか方法はない」 影勇は之丸を睨んだ。 「月の目だと、お前、いつのまにそんな技を……… くっ!わしは認めんぞ」 之丸はじっと目をつぶった。 之丸自体、戸惑いがあった。ただじっと影勇の罵声を浴びつづけた。 「なんとか言わぬか、小僧!」 影勇の罵声に菊が割り込んだ。 「影勇殿、長の命令は絶対。之丸はまだ幼いが忍術の腕は一流、それは影勇殿もご存知でしょう、それに万が一失敗となれば素性が知れぬ若者の方が伊賀者と知れることが低いのです。 この状況で成し遂げられるのは之丸しかいないと思われるが」 影勇は菊の言葉に黙ってしまった。 確かに、暗殺であれば影勇忍軍で間違いはないが、城内での戦闘では影勇忍軍に勝気はない、ましてやしくじれば、噂の高い影勇忍軍がばれるのは必至である。 そして之丸の室内に特化した武術、龍の爪であれば、数人の上忍と秀吉を討ち取る可能性は高かいのである。  屋敷戦闘武術は忍びが余り身につけない武術である。 忍者は、戦闘を避け逃げ隠れるのが一般的である。偵察や暗殺が主な任務だが、その中に戦闘は含まれていない。いかに生き延び、任務を勤めるかが忍者の基本なのだ。 稀に戦闘に特化した真田忍軍などの忍びもいるが、それは例外である。 そして之丸もまた例外の一人である。忍びの技術もそうだが、こと戦闘に関しては、伊賀でも上位であった。  重蔵は之丸に言った。 「之丸よ、重き任務になるじゃろうが、励めよ」 「はっ!」 之丸は床に頭を突っ込む勢いで、重蔵の命に答えた。  話し合いは終わり、上層忍者達は解散した。 之丸は重蔵の屋敷から出ようとした時、菊が之丸を呼び止めた。 「之丸、ちょっといいかい?」 菊はそう言うと、之丸を伊賀の滝に連れ出した。  之丸は少し震えていた。 それを見抜いた様に、菊は之丸の肩にそっと手を乗せた。
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