1人が本棚に入れています
本棚に追加
「……あの」
「え?」
歌を歌っていたのは、少女だ。年は十五、六歳だろうか。
「あ、えっと、迷惑でしたか?」
「ううん。違うのよ。ただ……」
女性は辺りを見る。向こうのコンクリートの上で鳥が数匹地面をつついてるくらいだろうか。他には誰もいない。
「珍しいなあって」
この公園は不思議なことに人がほとんど来ない。自然もある。ベンチもある。噴水もある。なのに人が来ない。
いつしか、鳥しか来なくなったこの公園は「小鳥公園」と呼ばれるようになった。
「ね、どうしてこんな所で歌を?」
「えっと……」
「名前は?」
「……あの」
「もしかして、歌手目指したりしてるの?」
「………………」
答える隙を与えない質問の連続に少女は固まってしまう。女性が質問をやめると、少女は顔を少し赤くして言った。
「私の名前は新谷春香です。歌手とかは……目指してません」
「そう……」
残念。そう言いたそうな顔を浮かべる。
「まあいいわ。私は八雲夏樹。RIPプロダクションで事務の仕事をしているわ」
そう言って女性。八雲夏樹は胸ポケットから名刺を取り出す。長い間入れっぱなしだったせいか、名刺は少しよれていた。
「でも……」
夏樹は少女。新谷春香の顔を見る。
「ここで歌ってたのには、理由があるのよね?」
夏樹の問いに春香はうつむく。しばらくうつむいて、少し、ほんの少しだけ頷いた。ような気がした。
「……まあいいわ。また今度会えたら教えてね」
そう言うと、夏樹は振り向いて走り出す。そろそろ事務所に戻らなければいけない。そう思い、夏樹は走り出した。
しかし春香はそんな事情など知らない。初めて会った人から質問責めに遭い、名刺をもらい、嵐のようにどこかへ行ってしまった。
「……うわ、携帯番号まで書いてある」
RIPプロダクションと大きく書かれたすぐ下にある八雲夏樹の文字。
個人情報が書かれている以上下手に捨てるわけにもいかず、春香はもらった名刺をポケットの中に詰めた。
最初のコメントを投稿しよう!