本編

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「ふぅ、疲れた」 「夏樹さん、まだいたんですか? もう定時過ぎてますし、帰ってもいいですよ」 「ううん。みんな頑張ってるんだし、私も頑張らないと」 時計の針は七時を回っていた。夏樹の定時は五時なので、二時間の残業をしていることになる。 「夏樹さん、なんかいいことありました?」 「え?」 「だって夏樹さん要領いいからいつも仕事定時には終わるのに、今日に限って残業だなんて」 いいこと。と言うほどでもないのだとは思う。知り合ったばかり、もしかしたら一期一会になってしまうかもしれない。 それでも、春香に出会ったことは、夏樹に少なからず影響を与えていた。 「……なんだか、昔の事思い出しちゃって」 「昔? ああ、まだ現役の頃ですか」 「もっと前。家出して、この事務所に拾われて、必死に歌練習して……あの頃の事思い出したら、私もっと頑張らないとって思って」 自分と同じとは言わない。だが、春香の姿は、夏樹の昔の姿によく似ていた。 「へえー、夏樹さんもいろいろあったんですね」 「そうです。いろいろあったんです。私をなんのドラマもない女だと思わないでください」 「はいはい……夏樹さん、仕事何時に終わります?」 「えっと、もう終わって、雑務やってるだけですけど……」 夏樹は要領がいい。仕事は定時に終わっている。なので二時間ずっと誰もやろうとしない雑務をやっていたのだ。 「じゃあ、飲みに行きませんか? 奢りますよ」 飲みに誘われ、夏樹は一瞬考える。 (たまには、いいかな) 「はい、じゃあ、お言葉に甘えて」 夏樹は事務所を出る準備を始めた。
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