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何時間、夏樹は話し続けているだろうか。
仕事の事、私生活の事、親から早く結婚しろと言われている事、前の彼氏がロクに働かないニートだったという事、学生時代はモテモテだった事。絶え間なく、ひたすらに話していた。
そんな時だった。眠くなった目が一瞬で覚めることを言われた。
「そういえば、春香ちゃんはなんで公園にいたの?」
「えっ!?」
唐突だった。あまりに唐突すぎて何も言葉が出て来ない。
「…………」
沈黙する春香を見て、夏樹が言う。
「……歌手に、なりたいんだよね?」
夏樹の言葉。数秒置いて春香が頷く。
やっぱりだ。夏樹は思った。根拠は無かった。しかし、芸能事務所の近く、しかも昼下がりに十五歳程の少女が歌を歌う理由なら、なんとなく予想できる。
「……私」
しばらくの沈黙を破ったのは、春香だった。
「歌手になりたくて、歌練習して、でも親に反対されて」
途切れ途切れに説明をする。つたなく、要領を得ない説明だったが、夏樹は黙ってそれを聞いていた。
「ある日、親に「歌手になりたい」って言ったの。そしたら大ゲンカになっちゃって……」
「……ありがとう。もういいわ」
夏樹は笑顔で春香に言った。春香は泣きそうになっていたし、それにその後は聞かなくてもだいたいわかった。
「……っぐ…………ひっぐ…………うぇぇん…………」
嗚咽を漏らしながら泣く春香に近寄り、頭をそっと撫でた。シャンプーの匂いがする髪はさらさらで、夏樹の指を簡単に滑らせた。
「……雪は解けそして川になる 種は舞いやがて芽を覚ます」
そっと、優しく、夏樹は歌い始める。
「あなたの夢のその一歩を 助けてくれる道になる」
春香は泣くのをやめた。夏樹の声に、歌に、自然と聞き入っていた。
「日はあなたに強く差しこみ 雨は悲しみを全て消し去る」
どこかで聞いたことのある。小さい頃、テレビで流れていた。そんな気が、する。
「笑いながら 歌いながら この道をずっと歩いてゆこう……」
「あーっ!」
春香が唐突に大声をあげる。夏樹も歌うのをやめ、春香を見る。
「ど、どうしたのよ」
「思い出した……その歌……」
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