ホテル ネグレスコ

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部屋は広く清潔で快適だ。十年前と同じ7階だ。 バルコニーに出ると心地よい風が頬を打つ。眼前には穏やかな海岸が佇んでいる。 真下にはちょうどホテルのプールがある。ある者はカウチに寝そべってペーパーバックを読みながら日光浴をしている。ピニャコラーダを飲みながら談笑している人たちがいる。それからもちろん優雅に泳いでいる人がいる。 何もかも十年前と同じだ。 時間の概念が僕の中で歪む。既視感が僕を包む。古い祠を開けた時に漂う匂いが鼻先をツンとかすめる。 有袋類の散歩を想わせるゆったりとした動作で泳ぎ続ける女性を僕は手すりに肘を掛け飽きもせずに眺めた。 水面に反射する中欧の日差しがかろうじて時の流れを感じさせる。 ここから遠く離れた東京ではきっと容赦ない灼熱の太陽が降り注いでいるだろう。 もしかして君は今頃東京の熱さにまいっているんじゃないかな? ここはとても心地よいところだよ。でも今更そんなことを言っても始まらない。それくらい僕にもわかる。
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