ホテル ネグレスコ

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シャワーから出ると部屋には黄金色のやさしい西日が差し込んでいた。夕方なのだろう。僕はもう一度バルコニーに出て下を覗き込んだ。 ちょうど彼女が倒れ込んだ辺りに子供の落書きのように白いチョークで輪郭が象られていた。悲しみで心臓を鷲掴みされたかのように僕は苦しくなる。 嘘だ。止めてくれ。彼女はそんなんじゃない。生きていれば誰もが振り返り、口笛を吹き、しばし時を忘れ見入ってしまうほど素敵な女性だったんだ。心に焼きついた記憶を淡いベールに包み込み、全てを忘れさせてくれる女性だったんだ。 そう彼女はまさに夢の女だった。この世界に残した最後のしるしが子供の悪戯もどきなんて悲し過ぎる。
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