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あの頃ボクラハ
幸せだった。
ボクは毎日絵を書いた。稽古事の最中でも、叱られないよう隠れて描いた。メイドのお姉さんや爺やは誉めてくれたけど、母様は眼をつり上げて、父様は困ったように笑った。数日後、画材道具を捨てられた。ボクはあちこち駆け回ってやっと庭の裏手に捨てられてたのを見つけた。
それから、森の入り口の小さな祠の中で隠れて描くようになった。
今日も絵を描きにボクは軽い足取りで祠へと向かう。祠の中は暗いからランプに灯を灯すのだが、ふと物音が聞こえた気がした。訝しく思い、眼を凝らすと人が倒れていた。ボクはギョッとして慌てて駆け寄る。
大丈夫?
そう聞いた自分の声が僅に上擦っていたのは、倒れていたその気配がとても弱々しく感じられて幼いボクにも幼いなりに彼が危ないことがわかったからだ。
小さく呻いて顔をあげた彼と眼があい、ボクは再びギョッと眼を見開いてしまった。彼の濁った眼も僅に揺れた気がした。
髪はボサボサで服は煤け、ところどころに擦り傷や痣があった。それでも、彼の顔をボクはよく知っていた。誰かに打たれたのか、殴られたのか頬も少し腫れていたけど、でも…彼の顔は、鏡をとおして見慣れたボクだった。
同じ顔…。
ボクの中の悪魔が囁いた。それを繰り返すように口を開いて彼に契約を持ち掛けた。
ネェ、君ノ存在ヲ……
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