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「慧流(える)!」
誰かが呼んでる……名前……慧流?
それは……あたし?
ハッとして、あたしは横たえていた上半身を起こした。
「慧流!」
甲高い呼び声が辺りに木霊して、我に返る。
「……な、に?」
何が起こったかを考える前に、目の前に横たわる体を見つめたまま、身動きが出来ない。
何が何だか分からない、この状況は何だ?
あたしはここに立っているのに、どうして自分が目の前にいる?
おかしい、こんな事、あっていいはずがない。
「どうした?」
「なんだ?」
「人が倒れてる!」
「救急車呼んだのか?!」
現実にはあり得ない光景に、動揺を隠しきれなかった。
目の前にある、その体を取り巻く人だかりに困惑するばかりだ。
「なん、だよ」
あたしは、悪夢を振り払うかのように、思いきり首を振った。
半開きの瞼の隙間から、色素の薄い瞳が覗いている。
微かに見える瞳が、あたしを見つめている。
これは、あたし……確かにあたしが倒れている……目の前に、あたしが……?
刹那。
見開いた瞳孔は一瞬にして固まり、口を突いて叫び声をあげていた。
「くっそぉ! 何だよこれっ! 誰か説明しろよっ! あたしはここにいるんだよ!」
乾いた声が喉を通り越していくが、その叫びは誰にも聞こえていないらしい。
あたしの声は風のように自然にかき消されていく。
現に、叫んだあたしに振りかえる視線はない。
「誰か嘘だって言えよっ! 夢だって言えよっ!」
なおも一心不乱に叫んだが、誰にも届かない空しさの中では、何の意味もなかった。
倒れたあたしの体を囲む生徒の野次馬に、あたり構わず掴みかかろうとしたけれど、透き通った体が虚しくすり抜ける。
それは、自分の実体がないと知らしめる決定的な瞬間だった。
「うそ、だろ?」
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