序章

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……右足より左足の方が一歩目の確率が高いなどと伝えている場合でもない。出来上がったのは、晴れ間の覗かない、あくまで牧歌的を目指した上での廃虚、それでいて完全に暗闇とさえもいえない中途半端なグレイだった。  抽象的で済まないが、ただひとついえるのは、あれだけの人間が手塩を掛けて作り上げた神を信じれないのに、どうしてでっち上げの模造の神を信じることが出来るのかということだ。俺にはこの件に関して、随分考えた。結論が出た。  それは自身が作り上げた神は、すべからく破滅の神である故にそうなるのだということだ。当然だった。性質上、それらは皆既存の神へ納得のいかない我々が、反旗を翻して作り上げた神々なのだから。  だが、俺はまだしも運がいい。僥倖とさえいえるのかも知れない。それが幸福だったとは必ずしもいえないけれど。  折り畳み式の銀のナイフを一撃の元にほふり、とかく俺の準備は完了した。一歩、突き出してみる。足はもちろん左足だ。だが、もう一歩、今度は右足を踏み出す、その刹那だった。  ――俺は唐突に眼前を奪われた。といっても、それは何も視覚的な訴えによるものではない。その時に俺を襲ったのは――波動にも似たひとつの警笛のことだった。猛烈に横切っていく、妙に赤い匂いのする颶風を鼻の僅か先に認識するのは、そのもう少し後のこと。  心音が跳ねて、ああ、しかしここまでのようだった。うん、野暮なことは訊かないで欲しい。単純に俺は「君」にわかってほしいだけなんだ。  迷路のようにこんがらがった事象を、なるだけ平明に訴えながらね。  ……いや、しかし危なかった。  生きるということは、何故こんなにもし難いのだ?  そんなことを訊ねながら、俺は眼前の丘の軽はずみなシーソーを見やった。  しかし、先程まで眠りこけていた君は、既にいない。  帰ってしまったのだろう。  俺はその丘から君の家を見下ろす。君の家は、はっきりと見えた。
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