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もげたと思ったがないことはなかった。この鼻は、人に比べて幾分高かったから。
にしても、声さえ出ないというのは、まさしくこのことをいうのだろう。
それに辺り、動悸がやまない、動機はないなどといったつまらない冗談はもちろんながらさておいた、本当に下手くそだからなんてのもさておき、
「何だったんだよ、一体」
彼は早速悪態をつく。走り去るワインレッドの貨物列車とその軌道――つまりはただの線路を眺め、それから周りを見渡して、それらはやはり初めに認識したものと寸分なく変わりなかった。
「駅の、ホーム……だよな?」
しかも、地元の駅。ひとつの疑問が瞬時に沸き、違和が肩にのし掛かった。もっとも後者においては単純にリュックサックを背負っている所為に違いなく、「つうか、重いし。何が入ってる?」
独り言はだだ漏れだったが周りに人が居ないのは確認済み、リュックを小刻みに揺らし、けれど手に取る余力はない。何故だか非常に疲れていた。『いつも』のことにしては、馬鹿馬鹿し過ぎるぐらいに。
盛大に溜め息を漏らす。鼻を啜る。もひとつおまけに腹の音が鳴って、彼は取りあえず歩きだす。
久し振りに訪れた地元の駅は、時間帯の為か非常に閑散としている。閑古鳥すら鳴かず飛ばずの有り様だ。残暑の日差しに照らされながら細部まで見渡すが、やはり人っ子一人居ない。もっともこの黒光りした頑健な腕時計が朝の十時を差している以上学生たちが居たら居たで困ってしまうのも事実、もっともらしい道徳的な意味合いと、自身の歪んだ、反道徳的な意味合いを不快に感じながら足を早める。
かかしの足を持つ、節操なしに汚された空色の簡易的椅子群を抜ける、と、そこにはメーカーの出鱈目に入り混じった自販機、壁に添って幾つか立ち並んでおり、壁自体がその実売店の建物だった。彼は自販機の狭間に揺れる裏口を見据えながら、颯爽と売店へ立ち寄る。
「いらっしゃい」と声を掛けるのは、髪を後ろできつく縛った中年の女性。彼は頷きと共に無音を維持しつつも、邪馬台国の女王でも演説していそうな高台の籠にあんパンを見つけ、確認したが粒あんだった。隣に積まれた二等辺三角形のデニッシュを代わりに取った――その前に、ふと財布が気になった。
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