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セカイはまだ、僕のいる瓦礫まで辿り着いていない、灰色の世界にいた。風が轟いて始めは聞き取れなかったが、セカイに近寄って始めて意思の疎通が出来た。
「人影が、あるよ」
指差す方向には何もない、灰色の砂塵があるだけだ。だがしかし、それは段々と影を見せ始めた。
“それ”を目にした時、僕は何故かセカイの手を握っていた。
ゴーグルで彼女の顔は窺い知れないが、恐らく一点を凝視していると思う。
そこにいたのは、人ではなかった―それが例え言葉を発せようとしまいと―それは、人ではなかった。酷く錆び付いたような細長い身体、身体は縮小され縦に引き延ばしたかのようで、その顔はかろうじてそれと分かるぐらいで、口はあるが他は崩れていた。肋は露になり、手は動かないのか引き締めたままである。
口が上下に動きそこに突風が吹き込み悲鳴のような音が響く。僕は恐ろしくなってセカイの肩を叩いた。
「あれはヤバい、早く逃げよう」
セカイは頷かなかったが、僕は彼女を引っ張りそこから離れたのだった。
「…あのモンスターがどうしたの?」
「あれが来たら、どうするの…」
「どうもしないさ、追い出す」
恐ろしかった。
ただただ、恐ろしい。
あのモンスターが今どこにいるのだろう?どうして生まれてきたのだろう?自分もああなってしまうのかと思ってしまうと、先ほどからの鳥肌も説明できるものだ。
「私、前にもモンスター見たよ」
「モンスター?」
「すっごく大きいの、あの…電波塔より…全然。それが…ね、船を叩き割って…たの」
セカイは、以前は聖歌隊に所属していたと言う。それ以外はあまり話してくれない。もっとも、過去などもう何の意味も持たないのかもしれないが。
「あれはたぶん、神の使いよね…」
「世界を造り直す?」
外の風が強くなり、ここまで届いて火を揺らめかせる。セカイはそれっきり何も喋らなくなり、僕も眠くなって毛布にくるまった。この空間の半分は瓦礫の山が流れ込んでいるのだが、こうして瞳を閉じて耳だけに集中すると時折カサカサと音がそこから聞こえてくる。
ゴキブリだ。
何百という彼等が蠢いているのである。思ったよりこちらには来ないが、火が怖いのだろうか。
だが安心してほしい、もうすぐ世界から人間の火は消えるだろうから。
夢を見た。
草原の上で踊るセカイ。その後ろには、あののっぽなモンスターが立っていてどうやらそこから音楽が流れてきているようだ。
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