始まり

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1988年5月11日、昭和最後の年、春。 狩野優は京都で生まれた。狩野家次女、長女とは3つ離れて居た。元気な赤ん坊で、幼児時代の話の種は尽きないくらいに予想外な子供だった。 例えば、まだ寝返りの打てないくらいだった頃。母親がスーパーで油断をして、優を荷台に置いた。まだ寝返りを打った事がないから、落ちる事はないだろうと思って居た。買い物の為にカートを動かした数秒後、突如響く鈍い大きな音。母親が驚き振り返ると、優が地面でぐったりして居た。慌てて優の両親が病院に担ぎ込むと、頭蓋骨に罅が入って居るらしい。 優の姉である古都が、待合室で何時間も孤独に堪えた。真っ暗な待合室。大人は居ない。話し相手の居ない、静かな静かな長い時間…。 長い孤独に堪えきった古都の目の前に現れたのは、親に抱かれて来たまだ生まれて間もない自分の妹。優は頭にネットを被って居るが、古都には何の事だか解らない。 その時間の恐怖と孤独を、のちに古都は優に聴かせた。勿論、優には記憶がなかった。 他にも、優はアンパンマンが大好きで、生まれて初めて喋った言葉が「アンパンマン」。平均よりも早く、6文字の続かない言葉を言えた事で両親は喜んだ。優は天才に育つ。そう期待して月日が経ち、優はそれからもアンパンマン以外の言葉を喋らなく、親を落胆させたらしい。 古都は優をこれ以上ない程可愛がり、自ら優をお風呂に入れたり優の為に夜、暗い部屋に降りてオムツを取りに行ったりと、3歳にしては献身的な態度で優に接した。 誰もが優の人生に期待し、笑顔を見せ、これからの「幸せ」を楽しみにして居た。
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