喜びの章Ⅰ

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乾杯後も2人の間に会話が途切れることなく、盛り上がりを見せていた。 ただし、話をしているのは田辺だけであり、ハナはタイミングを見計らい相槌を打つか笑うだけである。 それでも彼はハナが笑ってくれるのが嬉しいようで、その度に気分を良くしていた。 「いやぁ。今日は楽しいな。ハナちゃんのこと気に入ったよ」 「そう言っていただけると嬉しいです。田辺さんのお話は面白いですから私も楽しいですよ」 ハナの発言が本心であるか定かでないが、言われた方は悪い気がしないはずだ。 実際、田辺はだらしのない笑顔を浮かべ嬉しそうにしている。 それから田辺は急に顔色を変えた。 「だから俺、ハナちゃんに指名を変えようかな」 この田辺の発言にハナは驚いたような表情を浮かべる。 「だ、駄目ですよ。田辺さんは愛莉さんご指名ですよね?そもそも私はそのヘルプですから」 「それは分かってるんだけどねぇ…」 田辺は両腕を組み、考える仕草をとる。 発言の中にもあったが、彼はこの店の常連である。 そもそも初めて田辺が入店した際、愛莉を気に入り、それ以来いつも愛莉を指名しているのだ。 はっきりとした規則はないが、この業界では客が指名を変えることを良しとしない。 それは指名をとりたいがために無理に客をとる行為を抑制するため。 つまりは店の女性達との抗争を抑えるためである。 もはや業界内では暗黙の了解だろう。 常連の田辺はそれを知っていて当然だ。 何かしらの無礼を働いてしまった等の正当な理由がある場合は問題ないが、今回はただ『ハナを気に入ったから』というもの。 端から見ると『ハナが愛莉の客を奪った』という構図が出来上がってしまう。 だからこそハナは自分に指名を変えるという田辺の発言に驚いた表情を浮かべているのだ。 ハナはうーんと困った様な声をあげる。 どうして良いのか分からないのであろうか。 *
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