人間讃歌

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「……まったく」 呆れてものが言えない。 だが、このまま放置出来るほど薄情な座敷わらしではない。 僕は彼の体に覆い被さると、冷たい指先で頬に触れ、耳元で囁いた。 「……起きないと殺しちゃうよ?」 「ヒィっ!?」 これにはさすがに目を見開いた。 おじさんの目は瞳孔が完全に開き僕を見ている。 「ぎゃぁあぁ――……!!」 僕が口を挟む間もなく彼は叫び声をあげた。 その驚きようにゲラゲラ笑い目元を拭う。 「あはは! おじさん、僕だよ」 昨日の今日ならこんな反応をしたっておかしくない。 それでも想像以上の反応が面白かった。 「……ま……しろ……?」 「ん、おはようございます」 未だに寝呆けが抜けないおじさんは手を這わす。 ゆっくり僕の頬に触れると、安心したせいかホッとため息をついた。 「お前が言うと洒落にならないよ」 「えっ? 僕の使命はおじさんを幸せにすることなんだけど」 僕がそう言うと「あーはいはい」と、流してしまった。 それがおもしろくない。 するとおじさんは起き上がった。 「すげー。オレがこんな早く起きれるなんて」 「僕のおかげですよ」 「えぇ? 毎朝あんな起こされ方をしたら確実にオレの寿命は縮まっちまう!」 おじさんは本気で嫌そうに顔を歪ませる。 僕は体を退かすとクスクスと笑った。 「やべっ行く用意しないと」 おじさんは起き上がると急いで台所に向かう。 そして鏡を立て掛けると、顔を洗い歯を磨き髭を剃り始めた。 僕はじっとそれを見つめる。 「ちょっ、ちょっと豪快過ぎるんじゃないですか?」 顔と歯はちゃんとしてるのに髪の毛と髭は大雑把過ぎる。 いや大雑把というより適当なのだろう。 せっかく髭を剃ったのに剃り残しがあるし、髪の毛だって櫛をささっと通しただけ。 まだまだお洒落に気を遣う年ごろだと思うのに、これは酷い。 「んー、そうか?」 だけどおじさんは無頓着だった。 まったく気にする様子がない。 ワイシャツだってアイロンしてない皺だらけのままだった。
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