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「…………はぁ」
でもひとつ忘れてはならないのは、僕がただの座敷わらしだっていうこと。
彼の友人や妻ではない。
まして何の関わりだってないのだ。
口を出す理由なんてない。
僕は喉の奥から出そうになった“余計な事”を押し込むと、黙っておじさんの用意を見ていた。
カチン
するとトーストが焼けたみたいだ。
音と共に香ばしい薫りが室内に充満する。
「……ほれ」
見上げれば笑顔でトーストを差し出すおじさんがいた。
「ありがとうございます」
僕はそれを受け取る。
いつの間にセットしていたのかまったく気付かなかった。
おとなしくトーストをかじる。
すると歯ごたえの良い触感と共に、優しい味が口の中いっぱいに広がった。
「悪いな。オレの家にはバターもジャムもない」
「いえ。お構いなく」
二人して立ったまま黙々とパンを食べる。
なんだかそれがおかしかった。
お互い目を合わせてクスクス笑う。
そしてまたひとくちパンをかじった。
「あの」
「ん?」
「今日は僕も会社にお供しても良いですか?」
まずは幸せにする相手のことを知っておかなければならない。
生憎、座敷わらしは千里眼を持っていないんだ。
だから自分の目で彼の様子を観察しなければならない。
「いいけどちゃんと良い子にしてるんだぞ?」
「なっ、おじさんは意外と失礼ですね! 僕の方が年上なんですよ!!」
僕は子犬みたいにキャンキャン吠えるが、おじさんはまったく相手にしてくれない。
「そうなんだ」
なんて呑気にあくびしている。
「もういいです!」
これ以上相手にしていたらこっちが疲れてしまう。
僕はあっかんべーをすると横を向いた。
「あのなー年上だったらそれ位で怒るなよ」
「ですが!!」
「ホラ、会社に行く時間だぞ」
彼は鞄を整理すると上着を羽織って立ち上がる。
慌てて僕も続いた。
(あーあ。やっぱり布団もそのままだ)
出かけようとドアの前に立つが、後ろの汚い部屋が恐くて振り返らない。
「……ん、どうかした?」
「いえ。なんでもありません」
僕は顔に出さずドアを擦り抜ける。
その様子を見ていたおじさんはぎょっとした。
「すげーな」
「だから僕は座敷わらしなんですー!」
いちいち人間と比べられたらたまらない。
僕は身振り手振りを使って懸命に話すが、ちゃんと伝わってるかは定かじゃなかった。
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