人間讃歌

8/47
前へ
/47ページ
次へ
ご飯を食べ終えると今度は風呂にいれさせてもらった。 部屋と同じ小さな風呂は、壁がカビだらけで薄汚れている。 初体験だった僕はドキドキしながら湯槽に浸かった。 お湯の熱さが冷たい僕の体を包み込む。 なんとも不思議な感覚だ。 そして貴重な経験だと思う。 (おじさんは早く幸せにして欲しいのだろうか。だからこんなに尽くしてくれるのだろうか) それが当たり前だろう。 僕は彼の希望通り早く幸せにしてやろうと決意した。 それが僕なりの恩返しであり存在理由なのだから。 ――風呂からあがると脱衣所に綺麗なパジャマが置いてあった。 これを着ろということなのだろう。 僕はおとなしく従う。 オレンジ色のパジャマは大きくて僕は上着だけ着ると外へ出た。 「風呂は気持ち良かったか?」 部屋ではおじさんが寝る準備をしていた。 「はい。とても気持ち良かったです」 「そりゃあ良かった。でも悪かったな、子供用のパジャマがなくて」 おじさんは申し訳なさそうに眉を下げる。 だから慌てて首を振った。 「いえ僕を人間同等に扱っていただけるだけで十分なんですから!」 むしろこんなに良い待遇を受けると思わなかった。だからおじさんの困った顔は見たくなかった。 「そっか」 僕の態度が意外だったのか彼は少し驚いている。 そして先程と同様に頭を撫でてくれた。 「……お前の名前は?」 「えっ? 座敷わらしですけど」 「そうじゃなくて」 ガックリと肩を落とすおじさんの姿に、彼の言いたいことがわかって手を叩く。 「あっ、えっと名前はないです」 「なんで?」 「だって名前を付けてくれる人も呼んでくれる人もいませんから」 必要性を感じないからどうでもいい。 むしろ人間の名前への定義が疑問だった。 「大変なんだな」 彼はまた困ったように眉を下げる。 いちいち素直に反応されて僕も戸惑い始めていた。
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!

421人が本棚に入れています
本棚に追加