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今日も、あそこで立ってくれているんだろうか。
期待なのかなんなのか、よくわからない感情がすこしだけ芽生えていた。
「……あ」
いない。
本を返却して、本棚まで歩く。
そうだよね、昨日のはなにかあったからで、毎日待つわけ、ないよね。
‘いーえ。別に’
ぶっきらぼうに顔を背ける、あの表情を思い出す。
顔立ちが良いくせに、眉と眉の間に深い皺があって、難しそうな顔をしている男の子。
読みたい本がある場所は、以前と変わらぬ狭い通路の途中だ。
一際奥まって、狭く暗い場所に、
男の子が、佇んでいた。
彼の睫毛が揺れ、視線が紙の上を滑る。
ページを捲る指先は、細長く美しく。
本棚に寄りかかって、崩した態度。
……あぁ、神聖なものみたいだ。
私は動くこともできずに、ずっと“神聖なもの”を眺めていた。
「……チビ」
やがて、男の子がこちらに気付いて顔を上げた。彼は察して、本棚から一冊を抜き取る。
それはあのシリーズの最後の巻だった。
「ほら。」
「あ、あ、ありがと、う」
「いーえ。別に」
男の子が、横を通り抜けようとする。
その途中でぴたりと止まって、振り返った。
「なあ、チビ」
顔を上げると、男の子がいっそう眉間の皺を濃くした。
「チビ、お前…名前は?」
どくんと胸が跳ねる。名前をきちんと言えるだろうか。私は、私の名前は…
「み、み、みし…ま、……まよ」
三島、真代。
私の名前だった。
「みみし まよ?」
「みし、ま」
「三島」
「ま、ま、よ」
「ままよ?」
「ま、よ」
「真代」
こくりと頷く。
「三島 真代、ね」
男の子は、静かに静かに。
上手く喋れない私を怒らずに聞いてくれた。
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