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青くほの暗い水族館の館内。
ここの空気はエアコンで管理されて適温で快適に保たれている。
でも、やっぱりこの空気には、濾過(ろか)しても、こし取り切れない潮臭さと水蒸気の粒子が含まれているような気がする。
大きな水槽に張り付くようにして、自由に泳ぐ無数の魚を見ていた。
相模湾大水槽。
あまりにも多くの種類の魚達がいて、どこに注目すればいいのか、よくわからない。目まぐるしい。
少し後ろにいるジンに声をかける。
「ねぇ、ジン?海の中って本当にこんな感じ?」
言ってから、しまったと思った。そんなわけないじゃん。たまに油断してよく考えないで言っちゃう。
てっちゃんだったら「んなわけないだろ」って、たぶんちょっと小バカにする。
「うん。こんな通勤ラッシュの電車みたいじゃないな。会いたい魚にだって必ず会えるわけじゃないし」
「ふぅん」
でも、ジンは絶対に小バカになんかしないんだ。
「ただ、この水槽は波を作る機会が2台もあって、いつも波を作ってるから、その揺れ感は、まあ似てないこともないのかな」
「揺れてるの?」
「うん。3D。荒いと微妙に酔う」
「そうなんだ。あーあれ何?サメ?クジラじゃないよね?」
巨大なサメみたい。でも頭は何かに踏んづけられたみたいに、ぶにょっと平たく潰れて変な形。
自分より小さい魚を子分みたいに引き連れて、悠々と水槽の中を泳いでいる。
「あれは東雲坂田鮫(シノノメサカタザメ)」
「サメ?」
「いや。エイ。ほら下から見るとエイっぽいでしょ?」
「ん。ほんと。怒った顔みたい」
ふうあーんと東雲坂田鮫がこちらに泳いできて、あたしの前でヒレを見せびらかすようにして、ゆったりと泳ぎ去る。
目が合った。目元がきりりとして魚っぽくない。ちょっとイケメン風?なんてね。
「ねぇジン、サメなのにエイってさ、本当はどっちになりたかったのって感じ。変な奴」
ふふふっとジンは緩く笑った。
それは少しだけ悲しく響いた。
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