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「ま、本人は気にしてないんだろうけどね。名前だの種類だのって」
「あら?ジン。こっちに来たの?今日は江ノ島に行くって言ってなかった?」
初めて聞く声だった。
そちらを見る。
長い髪を一つにきゅっと結んだ女の人がこちらに来た。
この水族館の制服を着ている。
ジンは一瞬、顔をしかめた。そんな風に見えたけど、すぐ親し気に笑い返す。
「あ、なんとなく……ね」
「ふふふ。へー?そうなんだ。弁天橋、渡りたくないんだ?」
やっぱりねと言わんばかりだ。
何か、変な嫌な感じだった。
その人は、あたしの頭の先からつま先まで、さっと視線を走らせてから、改めて微笑んだ。
「初めまして。私、多ノ海千尋(タノウミチヒロ)。多い、片仮名のノ、海、に千尋(せんじん)の谷、の千尋って書いて、チヒロです。多ノ海なんて、なんかお相撲とりみたいでしょ?」
黒目がちの瞳を三日月にして、くすくすっと笑う。
満たされて、艶のある、色気のある、感じがした。
「あなたがユリさんね?昨日も、ジンと飲んでてあなたの話が出たのよ。小柄で可愛くて、長い付き合いの、ジンにとって唯一の親友だって。今まで、何回聞かされたかしら?」
「チヒロ」 どことなく咎(とが)めるような口調でジンが言った。
「もう行くわね。あとでドルフィンショーも見に来て。私、ナビゲーターだから」
そう言って、チヒロさんは水族館のゲートに向かって去って行った。
「ジン?友達?」
「……うん。行きつけのバーで」
「え?そこって直弘君と行ってたとこでしょ?ジン、今でも行ってるの?」
「うん。だってナオともバーでたまに会うし」
こんなサバサバしたところ、本当に羨ましい。
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