1:DEEP SEA

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 あたしだったら元カレと出入りした店になんか二度と行けない。  ジンだったら、いろんなことがとてもシンプルに見えているんだろうな。  シンプルで、強いんだ。いいなぁ。そういうとこ、すごく羨ましい。     隣に家族連れが立った。  赤いダッフルコートの小さな女の子をパパが肩車してる。  「一哉、今年も行くの?学校」  「あったり前だろ?ハル。美桜の成長をちゃぁんとあの桜にも見せてあげなくちゃ。な?美桜」 「さくらみるぅ」  聞くつもりはないのに、そんな会話が聞こえてきて、思わずため息をついた。  幸せそうな家族の姿。  喉元で苦い味がした。  大丈夫かな。これからてっちゃんとあたしって。この人達みたいに、幸せになれるのかな。  ごく、平凡で普通の。  お腹に手を当ててみた。来年の今頃は……ママとパパ。  ……てっちゃん、電話切る前に聞こえた女の人の声は、何?  ジンはちらっとその家族を見てから、あたしを見た。  あたしは、水槽の、自由に泳ぎ回る魚を見る、ふりをしていた。  「ユリも……てっちゃんとあんな風になるんだね」  「……そう……かな?」  水槽の中では、銀色の小魚の大群がうわんうわんとうねり泳いでいる。  外側の魚が常に内側に入り込んでいく。ぐるぐるしてる。水の中にできた竜巻みたいだ。  「ん?どうした?ユリ」  ジンは真隣に立つと、顔を覗き込んできた。  避けるように、俯く。  ブーツのつま先を見ていると、視界がじわんとぼやけた。  ジンが心配そうな顔してるのが、わかる。  「あのさジン」 「うん?」  「今日、誕生日なのにさ」  「うん」  「てっちゃん仕事だって。夕飯いらないって。でもね、電話の向こうに女の人がいたような気がするの……」
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