1:DEEP SEA

21/34

57人が本棚に入れています
本棚に追加
/324ページ
 チヒロが黒目がちの瞳を綺麗に細め、やや薄い唇を芸術的アシンメトリーに引きあげて微笑む。  白い小さな犬歯が覗く。  その指に、この瞳と唇に、その小さな犬歯に、狂わされた夕べ。  チヒロに初めて会って半年。  単なる友達のエリアから軽々と向こう側へ。  確かにことあるごとこ、チヒロは私を好きだと言ってたけど……。  でも……。  本当にやすやすと……。  導かれた。  そして、千尋の谷底で、ずっとずっと深い土中で蠢(うごめ)いていたソレに出会った。  それが本当の私。  ユリには絶対に見せられない。私の気持ちは。本当の思いは。    「……これから?」  「貸して」  チヒロが小柄な割に少し大きめな手を差し出してきて、私はその上に素直にケータイを乗せた。  「素直でよろしい」  ケータイを持つ細い節ばった指を器用に動かしてチヒロはメールを打った。  『行けなくてごめんね。でもユリが幸せそうで良かった。沖縄、行ってきます。帰ってきたらまた会おうね。』  「これくらいが最低ラインじゃない?どうせジンのことだから絵文字、使わないでしょ?」  チヒロはそう言って私の手にケータイを寄こした。  2回、読み返して送信した。  チヒロは目を細め満足そうに頷いて、またごくんと喉を鳴らしジンバックを飲んだ。  「チヒロは、いつから?」
/324ページ

最初のコメントを投稿しよう!

57人が本棚に入れています
本棚に追加