7:SMILE for

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「結局、捨てられるんだ」 なるべくトーンを下げて、走行音に重なるように、言った。 運転席には確実に聞こえるように。 でも 後部シートで走り去る景色を眺める好孝には、聞こえないように。 「俺と好孝の親子関係が切れるわけじゃないんだし」 かしゅっ 甘いリンゴの香りが立つ。 振り返ると好孝がいつの間にかリュックから出したリンゴを頬張っていた。 窓の外を、自分の気持ちと関係なくザアザアと流れ去る景色を眺めて、 無心に戦ってやっつけるみたいに、噛み取り噛み砕き飲み込んでいく。 甘い甘い香りを発する、不吉な行為。 そういえば、最近、好孝の笑顔を見ていない… 「な、好孝、リンゴ送ってやるからな」 「……」 「新しい保育園でも、友達できるから」 「……」 「卒園式か入学式には、行けるかもしれないし」 「……」 「あ、誕生日は戦隊ものの、えっと?…ゴーセンジャーの」 「いらない」 「え?」 「いらない」 好孝は小さくきっぱり宣言すると、またかしゅかしゅとリンゴとの戦いを再開し、 孝之も黙り込んで運転に専念し、 おかげで車内は走行音だけで満たされた。 気詰まりな道行き。 そりゃそうだ。 私と好孝は、夫であり父親であったはずの孝之の運転で、遠くへ捨てられるんだから。 私達の意思に関係なく。 孝之は、開放的な海の近くで育った私を雪とリンゴが有名な自分の故郷に連れて行き、 でも、結局は、地元の女を選び直した。真っ赤なくちびるの。甘ったるい香水の。 これからの孝之の人生に私達は不要になった。 慰謝料代わりに買い与えられた、海沿いの国道に面した高層マンションの最上階の一室で、好孝と2人の新生活が始まった。
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