7:SMILE for

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右手で、一本ずつ貼り付いた指をばりばりと引き剥がす。 流れ出て滴り落ちる血が見えるようだ。 あまりの痛さに涙があふれた。 どうして、 もっと早く、 切らなかったんだろ。 ばかだ。 ほんとばかだ。 何を、ほんの少しでも期待してたんだ? いったい、どうしてほんのちょっとでも夢見たんだ? やっとの思いで受話器を離すと、その場にへたり込んだ。 ずしゃずしゃずしゃっと大きな音を立てて、唐突に雨が降りだした。 バルコニーに顔を向けた。激しい雨で辺りはぼやぼや煙っている。 ああ。もうだめだ。 全部、必要ないんだ。 ゆっくり立ち上がる。 窓を開ける。 ずしゃずしゃずしゃと、むき出しの雨音が大きく聞こえた。 真上から押し潰そうと圧力をかけてくる雨。 目の前に広がる、海。 無数の傷を受ける海原。 バルコニーに足を踏み出した途端に、ずぶ濡れになった。 14階から見渡すすべてが、叩きつけて跳ね返る雨粒で塗りつぶされている。 寒さは感じなかった。 もう痛みすらなかった。 見下ろすと、ちっぽけな公園の、カラフルな遊具もずしゃずしゃな雨にやられている。 逃げ場はないんだ。 びしょびしょの手すりに手を掛けた。ぐっと力を込めて握る。 どうせ、すぐに離すのに。なんで握りしめてるんだ? だって、このイラナイ体を持ち上げなくちゃ。 それで、ぽい。 ほんの一瞬だ。 遠く高く飛べば、あのちっぽけな公園だって飛び越せるんじゃない? ギネスに挑戦、みたいな? ふふっと笑えた。 ふと、今朝見た、あの母親達の笑顔を思い出した。 ああ、あの人逹、朝、会ったマンションのママ逹、どんな顔するだろう?
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