8:Tears for lady

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ベッド横の白い小さな猫足テーブルを未夢は好んでいた。  滑らか過ぎる曲線は木から削り出されたとは思えないほどで、未夢は特に角のアールのついたラインを指先で撫でるのが好きだった。  紗枝はベッドから手を伸ばして、そこに触った。  「ここ、触ってるとすっごい気持ちいいね」  「そういや未夢もよくそこ触るんだよな」  「うん。未夢から聞いた」  「へぇー」  「ふふ。寛人も触ってみれば?つるつるして硬くて、でもぉ柔らかいようなぁ、なんかに似てる?」  「へぇ?どれ?……あ、ふふ。俺、なんかわかるな」  「え?何?」  「ひみつ」  「いじわるぅ」  「なぁ……紗枝、抜いていい?」  「んん。いいよぉ。好きだねぇ寛人」  寛人は紗枝の耳からぶら下がっているピアスの、ティアドロップ型のサファイアをゆっくりと引き抜いた。  左耳から。次に右耳の。その感覚にぞくりとする。  それは繊細な鎖の、一端が棒状で、もう一端にティアドロップ型の小さなサファイアがついたピアスだ。  サファイアを耳たぶにぴたりとつけて反対側に金の鎖を長く出したり、好きな位置にサファイアを垂らしたりできるこのピアスを紗枝は好んでいた。  寛人は紗枝から引き抜いたピアスをテーブルに置いた。  サファイアは、分厚いカーテンの隙間から割って入る輝く陽光を反射して青く煌めき、白いテーブルの上に小さな青い影を映している。  ぽつんぽつんと人ならぬものが落とした小さな青い涙のようだ。 ……あれは泣けない僕のだ。声を失った僕の、涙だ……。  嫌な予感。  胸の中の小さな心臓がととととっと鼓動を刻む。  あの時、確信した未夢の幸せな笑顔は、長く続かないのかもしれない。  「まだ時間あるでしょ?」  「まだたっぷり」  「今日、未夢ってバイト?」  「そう。康平とシフト一緒」  「へぇ。心配じゃないの?」  「んなわけないだろ?あの未夢がさ」  「そうよね?寛人と違って」  「康平も真面目でつまんないやつだし」  「それとアタシをくっつけようってのは、どーゆーことよ?」  「おもしろそうだし、都合もいいだろ?」
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