8:Tears for lady

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やっぱりそうだ。紗枝ちゃんのピアスだ。  未夢はまったく気付かずに、寛人のために缶ビールを開けてやったり、焼き鳥を串から外してやったりしている。にこにこして世話を焼いている。  寛人は世話を焼かれて当たり前の顔をしている。ふと酒のせいで充血した目を上げて紗枝を見た。  ネバついた視線だった。  その目が康平に向かう。平然と目を合わせると、寛人は厭らしくにやっと笑った。    「なんか空気が淀んでるな」康平は立ちあがって窓を開ける。  夜空を見る。雲ひとつない。月がぽかんと浮かんでいる。深く息を吸い、きれいな空気を体に入れる。  紗枝は笑いながら寛人が飲みかけた缶ビールを取り上げ、煽(あお)るように飲む。それを未夢に渡す。未夢もこくりと飲むと寛人に返す。  酔っ払った仲良し3人組に見える。だけど  康平は気付かれないようにそっとベッド横のピアスを拾い、尻ポケットに入れた。  康平の胸が痛んだ。紗枝と寛人は、たぶんそういうことだ。なのに、未夢は全然気づいていない。  こんなややこしい、おかしな関係に未夢が気付いたら……。  胸は痛むけど、腹の底はふつふつと煮えたぎっているような気がした。  ふっと視線を感じて外を見た。きょろりきょろり目線を泳がす。  斜め前の木の枝に鳥が止まっていた。こちらをじいっと見つめている。  月明かりに薄められた夜の闇の中、黒い羽が月光を跳ね返して一段と黒々と見える。  カラス?いや小さいな……あの頬の黄色……九官鳥?でも、くちばしの色が違うような?あんな九官鳥、いたっけ?新種?まさかな。  じっと小首をかしげてこちらを見つめているその九官鳥は、まるで木から生えているように微動だにしない。  なぜか気になって未夢を見た。  未夢は頬をほんのりと染めて笑い、今度は寛人と紗枝の二人の世話をかいがいしく焼いている。  九官鳥を見る。もしかして?  九官鳥は反対側に小首をかしげて康平を見ている。艶めく目に月明かりを宿して。  何かが心の中で決まったような気がした。  「アタシ、トイレ」  紗枝がそう言って立ち上がった。  瞬間、ふらついて康平の胸の中に倒れ込んでくる。咄嗟に康平は、紗枝の体を支えた。その柔らかい感触にどきりとする。紗枝の顔がすぐ近くだ。  熱く酒臭い息を吐いて、紗枝はくすくす笑った。康平の頬をするりと撫で上げる。
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