8:Tears for lady

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かなり長い沈黙の後ポツンと呟いた。  未夢の言葉は空気に溶けず、ぽかりぽかりと浮かんだまま康平の前に流れてくる。  何を知っているのか、聞くまでもない。  「そっか……」  「仕方ないよね」  康平はあえて答えなかった。ただ未夢の頭をぽんぽんと撫でた。  その時、「あ!」と未夢がいきなり小走りになった。  「未夢ちゃん!」康平も未夢の後を追う。  未夢は家の真正面に立つ木の根元でしゃがみこんだ。  「きゅう?」手を伸ばしてそこに落ちている九官鳥に触れようとするのを「だめだよ!」康平は慌てて、止めた。  未夢は一瞬固まった。  でも、やっぱりそっとそっと両手を伸ばす。    九官鳥を抱き上げようとしている未夢を、康平は後ろから抱き止めた。  「なんで?きゅうだよ?あたしわかる。この子、きゅうだよ?」 ……聞こえる。未夢ちゃんの声が。……  体を離れる瞬間に、九官鳥は思った。 ……僕、ここだよ……    「……だめだよ」  康平は素早くきゅうの体を見る。    少し開いたくちばしから繊細な鎖がちろりと覗いている。たぶん、未夢は気づいていない。  康平は察した。    たぶんきゅうはあのピアスを飲みこんだんだ。ぜったいに未夢の目に触れさせないように。それで……。  だったら未夢に触らせるわけにはいかない。きゅうは命をかけて未夢を守ろうとしたんだ。  「離してよ!」未夢が珍しく語気を荒げた。  何かもっともらしいことを……「……死んだ鳥に触っちゃだめだよ。ほら、あの……鳥インフルとか流行ってるし……人にうつるかも知れないし」  「いいの!」  「だめだってば!……あ、だって、えっと、ほら、死んじゃうかもしれないだろ?」  「いいってば!どうせ」  ぽろっと未夢は涙を零した。後から後からぽろぽろと零れる涙がきゅうの上に落ちる。    「そんなこと言うなよ。きゅうが悲しむ……。それに俺は嫌だ。もし未夢ちゃんが」  何かを考える暇はなかった。康平はともかく力いっぱい未夢を抱きしめた。  「俺、ずっとそばにいるから。未夢ちゃんの。俺が守ってあげるから」  「康平君?」 ……僕も、 ずっと未夢ちゃんを守ってあげたかった。……  ふわっと誰かの温かい手に掬いとられたような気が、九官鳥はした。 よかろう。次は人として降ろしてあげよう。  厳かで深く広く包み込むような声だった。
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