8:Tears for lady

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九官鳥はそのまますうっとどこかに吸い込まれていった。  いったいどれくらいの時間が経ったんだろう。  ここは温かくて。だけど  ああ。暗い。狭い。明るい方へ。苦しい。出ていこう。押し出されていく。  声はでるのか? ふ、ふ、ふんぎゃあ! ふぎゃあ!ほやあああ!  切羽詰まった声。意味のある言葉にならない声。  僕は!ここだ! ここにいる!僕が守ってあげる!未夢ちゃん!  これが、僕の声?  叫べば叫ぶほど、もう自分が誰なのかわからなくなっていった。  「はい。生まれましたよ。男の子だね。元気いっぱいだ」  「未夢、生まれた!生まれたよ!」  「やだ。康平君、何で泣いてるの?」  「だって、感動して……」  「生んだのはあたしなのに。パパ泣き虫ね」  「ああ。ありがと。お疲れ様……あれ?先生?この喉の痣?」  康平は、涙を拭きながら生まれたばかりの我が子の、喉元にある薄い青あざを指差した。  「ああ、蒙古班ですよ。異所性蒙古班……」  「消えます?」  「それぞれですねぇ。これだけ薄ければ完全に消えなくても目立たなくなるんじゃあないかなぁ」  「いいわよ。痣くらい。こんなに元気で全部そろって生まれてきてくれたんだもの」  未夢が笑う。  喉元の青あざは、ティアドロップ型に見える。  ああそうか。と康平は思った。  そっとそっと抱き上げて、その耳元に口を寄せる。  「おかえり。これからはお前のことも俺が守るよ」    大きな泣き声を上げていた生まれたばかりの赤ん坊は、瞬間ぴたんと泣きやんだ。  透きとおり青みがかった潤みのある大きな黒い瞳で康平をじっと見つめる。  康平はにっこり笑って、未夢の胸元に赤ん坊を降ろした。  未夢は赤ん坊を見つめて、初乳を与える。  「ね、この痣、涙みたいな形じゃない?」  「ん。そうだね」  黒目がちなつやつやした潤みのある、赤ん坊の目がじっと未夢を見ている。この目をあたし、知ってる。あのつぶらな瞳。  「ね、この目ね、なんだか……きゅうに似てる」  未夢はにこりと笑い、じわりと滲む目元をそっと押さえた。 ~完~
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