9:miracle of the night of midwinter

5/10
前へ
/324ページ
次へ
結婚式もせずに。 自分が父親になったことも知らずに。 ドラマでも映画でも小説でもなくて、 現実にこんなことが起こるなんて、嘘だと思った。 でも、あっけなくそれは起きた。 私は泣いて泣いて泣いて泣いて、 もう涙がどこから出てくるのかわからないくらいに泣いた。 息をするだけで、涙が溢れてどれだけ時間が経ったのかわからないくらいに泣いた。 このまま自分の涙で溺れないかなって思った。 泣き過ぎで死なないかなって思った。 そうなればいいのにって。 けど、その時、お腹の中で何かがぐるっと動いた。 胎動なんてあり得ない時期だったのに。 私、ピンときた。赤ちゃんだって。 それで、もう泣かないって決めた。そしたら、泣かずにいられるようになったんだ。 ナルのおかげって思う。 ナルが、くんっと私の腕を引いて言った。 「今年もサンタさん、ナルのとこに来るかな?」 「来るといいね」 「今年はママにもプレゼント下さいって、オレ、ホイクエンで手紙、書いたんだ」 そう言ってナルは、得意そうに胸を張った。 「わぁ楽しみ!」 ナルは、嬉しそうに笑うとまたクリスマスツリーを見上げた。 そう。こんなひとことでナルはいつも私の心を温めてくれる。 顎を上げ、煌めくクリスマスツリーの、上の方を見る。 「ママ、雪だよ」 だから、ナルだけでいい。ずっと。私は一人じゃないもの。 ひらりと、雪のひとひらが唇の上に落ちてきた。その時、ふわっと温かい空気が私を包んだ。 まるで誰かにコートを着せかけてもらったような、そんな感じだった。 「月子、まさか、本当に、そう思ってる?」 「……え?」 嘘……なんで……ここにいるの? 亮介がいる。 いるはずのない亮介が、ここに。 私の隣に立っている。 微笑んで、私を見ている。 亮介は、小さな子を甘やかすような笑み顔で私の耳に囁き込む。 「あのさ、もう余所見していいから。な?」
/324ページ

最初のコメントを投稿しよう!

57人が本棚に入れています
本棚に追加