1:DEEP SEA

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 「誰かの代わりでいいよ?」  夕べのこと。ここで飲んだ帰り道、「もう少し飲まない?」って誘われてチヒロの家に初めて上がった。  チヒロは子猫がすり寄るように無邪気に私に体を寄せた。全部がとても自然なことだった。    最後ならもうそれでもいいって、心のどこかで何かが囁いてた。  「ねぇ、どうだった?夕べ」  「……リトマス試験紙」  「そう」  疑問符のない返答。特に説明は求めてこない。  でも自分を納得させたくて私は言葉を続ける。  「やっぱり自分がこっちだってことが、よくわかった」  「ふふ。アタシはわかってたけどね。こっち側だって。初めて会った時から。覚えてる?」  「覚えてる。チヒロの犬歯。ちっちゃくて尖ってて綺麗でかわいいって思った」  「犬歯って」何でそこ?と呟いて、またグラスを煽る。    チヒロはあの日、名乗る時に  「千尋の谷、のせんじんって書いてチヒロって言うの」と、やや薄い唇を芸術的な微笑みの形にして言った。  その時、その白い犬歯が覗いて、背筋がぞくんと震えた。今でもよく覚えている。    あれは何かの予感だったのかもしれないって、今は思う。  直弘と寝ることができても、自分のその対象が男じゃないこと。認めたくはなかった。直弘は、きっと違和感を覚えてた。  だから私達は男女の仲としては破局を迎えたし、それでも友情を育んだ……。  「お前が好きなのは、俺じゃないよな?」  本当に最後の最後に直弘が言って、私は黙って深く頷いた。  それでも……そうとは認めたくなかった。  私が彼女に抱いているのは、深い深い友情。  同性への親愛の情だと思い込もうとしていた。  そうやって自分に嘘をついていられる間に、彼女から離れようと思った。彼女を求めてしまう前に……。  チヒロは、愛しそうに私の髪を指で梳(す)く。  「今日は、辛かった?」  「……少しだけ」
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