1:DEEP SEA

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 「でもね、夕べのジンは、満たされて、手放したような……いい顔だったよ?」  気恥ずかしい。 だから何も言わない。  「それにすっごく可愛かった」  畳みかけられてグラスのバーボンを口に含む。  チヒロが私のケータイをとんとんと指先で叩く。  「あの子に、言わないの?これからも、ずっと」  「本当に普通の女の子だったでしょ?言ったらどん引きだろうし、それに……」  「引かれたくないから……遠くに、逃げるの?」  「チヒロって、意地悪だ」  「後悔しないのかなって」  後悔……。  もし私の本当の気持ちをユリが知ったら?  ごく普通のユリに今までと変わらない友情を感じてもらえる?  違和感や拒絶感なく、何も変わらないで?  今日と同じように私が伸ばす腕を振り払ったりしないで?  私の眸(ひとみ)の中にある思いに気づかずに無防備なままで?  知らぬ間に、未知のモノに変貌した私を怖がらずに、ユリが自然に受け入れる?  無理でしょ?ユリとの関係は終わる。  だってあの時も……  「やだ、変な意味じゃないの」って……言った。  やっぱり、すごく特殊なことだって思ってるから、だよね。  無理だ。  知られたら、私はきっと永遠にユリを失う。 せめて、ずっと何も伝えないままに、かけがえのない、たった一人の親友でいたい。  ……だから。  ユリは、どんなに欲しくても手には入れられないモノだ。  ユリを戸惑わせたり困らせたり傷つけたり、したくない。    困ってるユリを助けるのが私。  なのに、その私がユリを追い詰めたりしたら……自分が許せない。  「……キス、しそうになった」
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