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「やめるって言ったよね?」
やばい。そうだった。「……ごめんなさい」
ストンと正也の手に煙草の箱を落として、あたしは足早に事務所に戻った。
正也といるとリズムが狂う。
つい甘えたい気持ちになる。
いかんいかん。いくら彼氏とはいえ、年下のひよっこに弱み見せて甘えてどうすんだよ?
甘えられるならともかく。
とりあえず、デスクに着くと小袖課長のわがままで怒らせてしまった先方に平謝りの電話を入れて、10分ほど嫌味を聞きさらに平謝りの後、次回の約束を取り付けて、丁重に丁重にお礼を申し述べて電話を切った。
それから予約時間に間に合うように、足早に産婦人科に向かった。
診察室には、2年前と同じ、一般的な意味でのお母さんみたいな先生がにこにこして座っていた。
あたしの顔を見てカルテを見て「あの時は大変だったね」と言う。
まさか覚えてるわけないと思っていたら、その時のあたしの服装までちゃんと覚えていた。
「あの時、あなた、泣かなかったね。その後、ちゃんと泣けた?」
「あ。いえ」
「泣ける場所が、ないの?」
「そんな場所は、必要ないですよぉ」
「ふふ。若いのねぇ。でも、泣ける場所があるのとないのじゃあ、全然違うのよ?」
「そうですか?」
「そう。泣ける場所は、必要なのよ」
「そんなもんですかね」なんとなく気まずい感じがして笑う。
「……気持ち、整理できたの?」
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