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「もう全然。それよりも先生、最近どうも生理不順で。まさかの更年期ですかね?」
自分で自分を茶化すように笑う。
「どうかなぁ。診断には血液検査、内診、骨量検査、心理検査、ガン検査、まぁいろいろしてからじゃないと。妊娠の可能性は?」
先生はトントンと指先でカルテを叩いて、あたしを見ている。
「は?」
「パートナーいるんでしょう?あの時に付き添ってた年下の?」
「や!やだ!先生、マジっすか?マジで覚えてるんですか?」
「ふふ。覚えてるわよ?マジで」
先生は、今まで取りあげた赤ちゃんのことはもちろん、流産や病気で辛い思いをした患者さんのことも、だいたい覚えていると言って笑った。
「でも、どうして正也って……あ、いや、あの時の人って?」
「だってすごく心配してたわよ?顔真っ青なのにあの状況であんなふうにできる人なんてそうそういないわよ。だからね、そうじゃないかなって思ったの」
あったかい。慈愛に満ちた笑顔だった。
ああ。
母には、こんな顔で笑って欲しかったな。
唐突に思い、ほんの3秒、感傷に浸る。鼻の奥がつんとして慌てて感傷とりやめ。
えへへっと笑って、見せた。
とりあえずできる検査をして、わかる範囲での結果をもらって帰宅。
先生は、もっと大きな病院に行きなさいと言った。心底、心配しているような表情だった。
テーブルに紹介状や診断結果を広げて、今、あたしは少しぼんやりしている。
どうしよう。どうしたらいい?どうしたいのかなぁ……。
考えがまとまらない。冷凍庫を開ける。きんきんに冷たいグラスとウィスキーを出す。氷を素手で掴んでグラスに入れる。ガラスにぶつかって落ちるひんやりした音が狭い台所に響く。
ため息一つ。
ウィスキーを注ぐ。頭の中で何を考えているのかよくわからない。体は勝手に動く。
冷蔵庫を開けて冷やした炭酸水を出す。
いつもは濃いのが好きだから2対1くらいだけど、今日はセオリー通り3対1でハイボールを作る。
レモンをぎゅっと絞る。一口舐める。美味しい。体の事情とは関係なくて。
ふっと正也に電話しようかなって思う。
けど自分で自分を戒める。これはあたしの問題で、正也の問題じゃない。自分で考えて決めなくちゃいけない。
いつもと同じ。あの時と同じ。
これはあたしの問題。他の誰の問題でもない。
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